ループ7回目の公爵令嬢は、もう恋愛も復讐も面倒なので、前世の知識で「魔導カフェ」を開き、異世界初のバリスタになります

希羽

文字の大きさ
7 / 13

第7話 琥珀色の断罪と、固めプリンの真実

しおりを挟む
 その日の午後、私は「銀の匙シルバー・スプーン」という名の純喫茶にいた。

 王都の裏路地にひっそりと佇むこの店は、私の隠れ家だ。

 店内は昼間でも薄暗く、琥珀色のランプがぼんやりとテーブルを照らしている。壁には古びた掛け時計、BGMは擦れたレコードから流れるジャズ・ピアノ。

 ここでは、時間はゆっくりと、重厚に流れる。

 カラン、コロン。

 軽薄なドアベルの音が、静寂を破った。

 入ってきたのは、ピンク色のフリルを過剰にあしらったドレスの少女──聖女リリアナだ。

「……ごきげんよう、お姉様」

 リリアナは、私の向かいのビロード張りの椅子に座ると、わざとらしく眉をひそめた。

「こんな……薄暗い場所に呼び出すなんて。お姉様、また何か良からぬことを企んでいらっしゃるの? 怖い……」

 出た。「白蓮華ホワイト・ロータス」の演技だ。

 清廉潔白を装いながら、言葉の端々に毒を混ぜる。この薄暗い照明の下で見ると、その白々しさがいっそう際立って見える。

「座りなさい。今日は貴方に『本物』の味を教えるために呼んだのですから」

 私は手元のメニューから視線を外さずに言った。

 テーブルには既に、二つの皿が用意されている。
 リリアナの前には、王宮パティシエ特製の「クレームブリュレ」。
 薄い陶器の皿に盛られ、表面はバーナーで焼かれ黄金色に輝いている。

 私の前には、銀色の脚付きの器に鎮座する「固めプリン」。
 装飾は一切ない。ただ、黄色いカスタードの塔と、その頂上から滴り落ちる黒に近いカラメルソースのみ。

「まあ、美味しそう!」

 リリアナはブリュレを見て目を輝かせた。

「表面がキラキラしていて、まるで宝石箱みたい。でもお姉様のそれは……なんだか黒くて、可愛げがありませんわね」
「可愛げなど不要です。必要なのは『自立』です」
「?」

 リリアナは首を傾げ、スプーンをブリュレに突き立てた。

 パリッ。

 軽快な音が響き、薄い飴の層が砕ける。しかし、その下から現れたのは、形を保てずに崩れ落ちるクリームだった。

「ん~! 甘くて、とろとろで、口に入れた瞬間に消えちゃいます! 何の抵抗もなく、ただただ優しい甘さ……これぞ『愛』の味ですわ!」

 私は冷ややかな目でそれを見つめた。

「口に入れた瞬間に消える? それは存在感がないということです。器がなければ形も保てない。それが貴方の言う『愛』ですか?」

 私は自らのスプーンを手に取った。
 銀のスプーンが、プリンの表面に触れる。
 押し込むと、確かな弾力が返ってくる。簡単には屈しない、しかし拒絶もしない、適度な抵抗感。

 スプーンをさらに沈めると、プリンは潔くその身を分け、美しい断面を見せた。

 気泡の一つもない、絹のような断面。
 私はそれを口に運ぶ。
 ──濃厚だ。

 生クリームの油脂に頼らない、卵黄の凝固力による力強いコク。
 そして直後に、カラメルの波が押し寄せる。
 それは甘くない。苦いのだ。

 限界まで焦がした砂糖の、スモーキーな香りと鋭い苦味。しかし、この苦味があるからこそ、カスタードの甘みが立体的に引き立つ。

「……苦い」

 私は呟く。

「だが、この苦味こそが現実。ただ甘いだけの砂糖菓子は、子供の戯言に過ぎません」
「苦いですって?」

 リリアナは顔をしかめた。

「なぜわざわざ苦いものを? 人生は甘い方がいいに決まっています! お姉様のように、いつも難しく考えて、眉間に皺を寄せて……だから殿下にも疎まれるのです」

 彼女はここぞとばかりに「被害者」の顔を作った。

「私はただ、皆に甘い夢を見て欲しいだけなのに……お姉様はいつも、そうやって現実という『毒』を盛るのですね」

 その時、私はスプーンでプリンの皿を軽く叩いた。

 プルン。

 プリンは小気味よく揺れたが、決して崩れなかった。

「リリアナ、貴方のブリュレを見てご覧なさい」

 リリアナが視線を落とすと、食べかけのブリュレは、スプーンを入れた箇所から決壊し、ドロドロの液状になりつつあった。時間の経過と共に水分が分離し、見るも無残な姿を晒している。

「外面の飴細工が割れれば、中身は支えを失って崩れ去る。それが貴方の本質です」

 私は静かに告げた。

「貴方の『無垢』は、誰かに守られていなければ成立しない。対して、このプリンを見なさい」

 私のプリンは、半分が失われてもなお、残りの半分が凛として立ち続けていた。黒いカラメルの海の中で、孤高の塔のように。

「自立する強さ。そして、苦難を全身に浴びてもなお、その甘さを失わない芯の強さ。これこそが、上に立つ者に必要な資質です」
「……ッ!」

 リリアナの顔から笑顔が消えた。

「……白々しい屁理屈ですわ! 貴方はただ、愛されない寂しさを、そんな真っ黒なソースで誤魔化しているだけでしょう!?」
「騒がしいな」

 低く、地を這うような声が響いた。
 隣の席で新聞を広げていた男が、ゆっくりと立ち上がった。
 漆黒の髪に、氷のような瞳。
 北の国境を預かる「氷鉄の公爵」こと、ジークフリート公爵であった。

「こ、公爵様……!」

 リリアナは瞬時に涙を溜めた。

「聞いてください、お姉様が私を虐めるのです。苦い泥のようなお菓子を無理やり……」

 リリアナは公爵に縋り付こうとする。
 しかし、公爵は彼女を一瞥もしなかった。
 完全なる「塩対応」。

 彼はリリアナの存在を、まるで道端の石であるかのように無視し、私のテーブルへと歩み寄った。

 彼は私の皿に残されたプリンを見下ろした。

「……見事なエッジだ」
「え?」

 私は目を丸くした。

「最近の茶会で出される菓子は、どれもこれも甘ったるいだけの軟弱なものばかりだ。口の中で溶ける? ふん、噛みごたえのない人生など退屈なだけだ」

 公爵は私の瞳を覗き込んだ。

「そのプリンは、スプーンを入れても崩れず、カラメルの苦味を許容し、卵本来の力で立っている。……貴公に似ているな」

 それは、社交界で最も冷徹とされる男からの、最大級の賛辞だった。

「甘いだけの『聖女』よりも、苦味を知る『悪役』の方が、私の舌には合うようだ」

 公爵が去った後、リリアナは顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。

 彼女の最大の武器である「涙」も「可憐さ」も、本物の「塩対応」の前では無力化されたのだ。

「……リリアナ」

 私は最後のひと口を口に運んだ。

「貴方のブリュレはもう、完全に溶けてしまっているわ」

 リリアナは足を踏み鳴らし、逃げるように店を出て行った。
 残された私は、口の中に残る余韻を楽しんだ。
 濃厚なカスタードの甘み。そして鼻に抜ける焦げた砂糖の香り。

 私は琥珀色の照明の下、静かに微笑んだ。

「……悪くないわね、固めプリンも」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

処理中です...