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第十五話:雪解けと王都からの使者
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冬の終わりは、音もなく訪れた。
最初は、屋根から滴る水の音だった。硬く凍てついていた氷柱が、太陽の光を受けて涙のように雫を落とし始める。次いで、大地。分厚い雪の下で眠っていた黒い土が、ゆっくりとその顔を覗かせた。
フロスラントに、春が来たのだ。
人々は、家の外へと出て、柔らかくなった日差しと、湿り気を含んだ温かい風を、全身で味わっていた。
彼らの顔には、例年の冬の終わりに浮かぶ、疲弊しきった安堵の色はなかった。そこにあるのは、戦いを終えた兵士のような、誇りと達成感に満ちた力強い表情だった。
この冬、フロスラントでは、一人も霜枯れ病で命を落とす者はいなかった。それどころか、温室の恵みと薬膳スープによって、誰もが冬の前よりも健康になっているほどだった。
「…終わったな」
温室の見える丘の上で、レオンが呟いた。
隣に立つ私の目にも、活気に満ちた村の様子が映っている。温室からは元気に育った苗が運び出され、雪解けを待っていた畑へと植え替えられる準備が始まっていた。
「いいえ。始まりです」
と、私は答えた。
「これからが、この土地が本当に豊かになるための、本当の戦いの始まりです」
私の言葉に、レオンは穏やかに笑った。
「そうだな。あんたと一緒の戦いなら、どんな未来でも勝ち取れる気がするよ」
彼は、私から視線を外さずに続けた。
「アイリス。…いや、先生。あんたは、この土地の未来の設計図を描いてくれた。だが、俺はもう、フロスラントの未来だけを考えているわけじゃない」
彼の真剣な眼差しに、私の心臓が、計算外の速さで脈打つのを感じた。
「俺自身の未来にも、あんたがいてほしい。…いや、いてくれなくては困る。これは、気まぐれや感傷じゃない。あんたと共に働き、この土地の民の笑顔を見て、俺が出した結論だ。論理的で、確実な、俺の意志だ」
彼は、王都の男たちがするように甘い言葉を囁いたりはしない。
だが、その実直で、どこまでも誠実な言葉は、どんな美辞麗句よりも強く、私の心の奥深くにまで届いた。
「…それは」
私が何かを言い返そうとした、その時だった。
「レオン様! 大変です!」
丘の下から、村の若者が息を切らして駆け上がってくる。
「村の入り口に、馬が! 王都からの使者のようです!」
王都からの、使者。
その言葉に、私とレオンは顔を見合わせた。冬の間、完全に閉ざされていた外界との、突然の接触。それは、私たちの間に流れ始めた穏やかな空気を、一瞬にして断ち切った。
私たちが急いで広場に戻ると、そこには一頭の馬と、王家の紋章が入ったマントを羽織った一人の使者が立っていた。彼は、長い旅の疲れを滲ませながらも、毅然とした態度でレオンに一枚の羊皮紙を差し出した。
「レオン・フロスラント代理領主殿、並びに、薬師アイリス・ウェーバー殿へ。王立騎士団、団長より、緊急の通達である」
騎士団長から?
レオンは、怪訝な表情で封蝋を解き、羊皮紙を広げた。私も、彼の隣でその文面に目を走らせる。
そこに書かれていたのは、私たちの功績を讃える言葉でも、ましてや労いの言葉でもなかった。
それは、簡潔で、有無を言わさぬ、一つの命令だった。
『――両名、十日以内に王都へ出頭し、近衛騎士団副団長オスカー・ベルティエの現状について、詳細な報告を行われたし』
オスカー。
その名前が、まるで棘のように私の目に突き刺さった。
そして、その現状を、なぜ私たちが報告しなければならないのか。
レオンは、通達を読み終えると、険しい顔で私を見た。
その瞳が、私に問いかけていた。
フロスラントで勝ち取った、ささやかで、しかし確かな未来。
それを脅かす過去からの呼び出しに、どう向き合うべきか、と。
雪解けの喜びに満ちていたフロスラントに、王都からの風が、新たな波乱の予感を運んできていた。
最初は、屋根から滴る水の音だった。硬く凍てついていた氷柱が、太陽の光を受けて涙のように雫を落とし始める。次いで、大地。分厚い雪の下で眠っていた黒い土が、ゆっくりとその顔を覗かせた。
フロスラントに、春が来たのだ。
人々は、家の外へと出て、柔らかくなった日差しと、湿り気を含んだ温かい風を、全身で味わっていた。
彼らの顔には、例年の冬の終わりに浮かぶ、疲弊しきった安堵の色はなかった。そこにあるのは、戦いを終えた兵士のような、誇りと達成感に満ちた力強い表情だった。
この冬、フロスラントでは、一人も霜枯れ病で命を落とす者はいなかった。それどころか、温室の恵みと薬膳スープによって、誰もが冬の前よりも健康になっているほどだった。
「…終わったな」
温室の見える丘の上で、レオンが呟いた。
隣に立つ私の目にも、活気に満ちた村の様子が映っている。温室からは元気に育った苗が運び出され、雪解けを待っていた畑へと植え替えられる準備が始まっていた。
「いいえ。始まりです」
と、私は答えた。
「これからが、この土地が本当に豊かになるための、本当の戦いの始まりです」
私の言葉に、レオンは穏やかに笑った。
「そうだな。あんたと一緒の戦いなら、どんな未来でも勝ち取れる気がするよ」
彼は、私から視線を外さずに続けた。
「アイリス。…いや、先生。あんたは、この土地の未来の設計図を描いてくれた。だが、俺はもう、フロスラントの未来だけを考えているわけじゃない」
彼の真剣な眼差しに、私の心臓が、計算外の速さで脈打つのを感じた。
「俺自身の未来にも、あんたがいてほしい。…いや、いてくれなくては困る。これは、気まぐれや感傷じゃない。あんたと共に働き、この土地の民の笑顔を見て、俺が出した結論だ。論理的で、確実な、俺の意志だ」
彼は、王都の男たちがするように甘い言葉を囁いたりはしない。
だが、その実直で、どこまでも誠実な言葉は、どんな美辞麗句よりも強く、私の心の奥深くにまで届いた。
「…それは」
私が何かを言い返そうとした、その時だった。
「レオン様! 大変です!」
丘の下から、村の若者が息を切らして駆け上がってくる。
「村の入り口に、馬が! 王都からの使者のようです!」
王都からの、使者。
その言葉に、私とレオンは顔を見合わせた。冬の間、完全に閉ざされていた外界との、突然の接触。それは、私たちの間に流れ始めた穏やかな空気を、一瞬にして断ち切った。
私たちが急いで広場に戻ると、そこには一頭の馬と、王家の紋章が入ったマントを羽織った一人の使者が立っていた。彼は、長い旅の疲れを滲ませながらも、毅然とした態度でレオンに一枚の羊皮紙を差し出した。
「レオン・フロスラント代理領主殿、並びに、薬師アイリス・ウェーバー殿へ。王立騎士団、団長より、緊急の通達である」
騎士団長から?
レオンは、怪訝な表情で封蝋を解き、羊皮紙を広げた。私も、彼の隣でその文面に目を走らせる。
そこに書かれていたのは、私たちの功績を讃える言葉でも、ましてや労いの言葉でもなかった。
それは、簡潔で、有無を言わさぬ、一つの命令だった。
『――両名、十日以内に王都へ出頭し、近衛騎士団副団長オスカー・ベルティエの現状について、詳細な報告を行われたし』
オスカー。
その名前が、まるで棘のように私の目に突き刺さった。
そして、その現状を、なぜ私たちが報告しなければならないのか。
レオンは、通達を読み終えると、険しい顔で私を見た。
その瞳が、私に問いかけていた。
フロスラントで勝ち取った、ささやかで、しかし確かな未来。
それを脅かす過去からの呼び出しに、どう向き合うべきか、と。
雪解けの喜びに満ちていたフロスラントに、王都からの風が、新たな波乱の予感を運んできていた。
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