スキの気持ち

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「おはようかなえ」
私が乗るなりにこりと笑う岡崎。
「おはよう」
りかもいるけど、そこはお互いに軽く挨拶して終わった。

「座る?」
岡崎が立とうとするので、それは断る。
「え、座ってていいよ」
私は2駅だし立っていても平気だから。

それよりも、昨日の妹の言葉のほうがとても気になる。
『あの人ね、おねえちゃんを剥製にする人だよ』
怖すぎる言葉に、現実味がなくて笑ってしまった。
なのに、妹はとても真面目に言い切った。

リアルにいる人のことをサイコパスに見立てるのはどうなのかと。
だけど、『お姉ちゃんのこと好きってことだから、絶対に合ってる』と訳の分からない失礼なことを言っていた。
いや、私もいまだに岡崎が私のことを好きだというのは疑問がある。

何かに突出した特技があるわけでもないし、勉強が出来るわけでもない。
とくに美人というわけでもなく、ただ妹のおかしな趣味に付き合わされている姉。
それしかない。
その妹が何故か絶対の自信を持って岡崎がヒトコワであるかのような言い方をした。

妹曰く、人のことを可愛がる人は人形遊びのように人のことも扱うようになるらしい。
なにその信憑性の薄い情報。
というか、全部ドラマや映画が情報源じゃん。

いや、一緒に観てたから覚えてるわ。
私はその時も『怖い怖い』を繰り返していた。
ただ怖かった記憶。
妹はそんな私を見てクスクスしていた。

笑っている妹は、確かにサイコパスのそれだった。
ストーカーの話で、対象者を可愛いと愛でている内に手元に置きたくなって最終的にリアル人形にされた人の話。
似たような話で、収集癖のあるサイコパスにホルマリン漬けにされた人もいたなぁ。
そうじゃなくても、人を人形のようにする技術や方法の多さに驚いたんだっけ…。

他にも、あるある。
あれに似たような、それに似たような、これに似たような…。
いくつもあった話を昨日の夜思い出した。
主人公はどれもこれも酷い目に遭っていた。

本人の意思は無視されたまま。
確かに怖かった。
剥製かぁ。
嘘みたいな出来事。

それを岡崎が?
私にするように?
まさかぁ。
じゃあ、岡崎は将来医者になるのなかな?

あのヒトコワは医療関係者だったはずだ。
「かなえ?」
気が付くと、岡崎は隣に立っていた。
目の前にはりかが座ってる。

「え?あれ?」
「だって、かなえ座る気ないじゃん」
りかの言葉にこくこくと頷く。
まあね、そうだけど。

行きの電車は立っていたい。
だけど、帰りの電車は座れる時は座りたい。
そこまで混む沿線ではないので、その日によっては席が空いている。
特に学生が多いので、学校の最寄り駅で人は割と少なくなる。

じゃなくて。
「ん?何?」
岡崎の視線に曖昧に笑う。
「朝だから?ぼんやりしていて可愛い」

「またそうやって人のこと…」
「馬鹿にしてるんじゃなくて、可愛がりたいだけ」
小さな声で言った岡崎の言葉に、顔が熱くなるのが分かった。

と、いけないいけない。
言われた言葉に照れている場合じゃなくて。
この岡崎の『私を可愛がる』はどこまでかを探らないといけない。
病的な場合は、多分私の生命に関わる。

そこではたと思い出す。
あれ、昨日石山から聞いた『ぐちゃぐちゃにしたい』という話。
あれは、私を人形にする過程の話?
血の気が引いた。

「かなえ?顔色悪いよ」
岡崎の手が私の額に伸びる。
びくっとしてしまうのは、私のせいじゃない。
と、思いたい。

あからさまに驚いた私に、岡崎も驚いた顔をした。
何で?私が驚くのは分かるけど。
岡崎が驚くのは、何と言うか意外だった。

「ごめん、そんなに嫌だった?」
嫌ではない。
本当に、純粋にただびっくりしただけとでも言うか…。

「へ?え?いや?…じゃない。えぇと、驚いて?」
はくはくと口を動かす私に岡崎は不思議そうな顔をした。
「怖い?」
「何が?」

間髪入れずにそう返答する。
怖がっていると知られたら、喜ばれてしまう。
サイコパスな人は、何でか怖がられると喜ぶ。
理解できない謎なこと。

「怖いことあった?あ、昨日もまたあずさちゃんと配信観た?」
岡崎の言葉に、曖昧に首を振る。
「続きを観るとか言ってたけど…それのこと?」
「ううん、じゃなくて…観たけど」

配信は観たけれど。
サイコパスに誘拐された会社員さんは、見事に壊れてコレクションに加わりました。
それを観ていた私はやっぱりねと想像通りの結果に納得した。
なのに、妹の余計な一言。

『おねえちゃんも、あの人のコレクションにされちゃうよ』
妹の無神経な一言。
え?こわ。
思い出したわ。

じゃなくて、それは置いといて。
「じゃあ、眠い?」
「あ、それはあるかも」
夜に宿題を思い出して、少しだけ遅くまで起きていた。

「宿題思い出して…」
「あー、古文の」
「そう。調べるだけなのに、少し時間がかかっちゃって」
「分かる。地味に面倒だった」
「そうだよね」

お母さんは宿題ならと、渋々『寝なさい』とは言わなかった。
私は観た配信や映画にあまり影響を受けない方だと思っている。
それこそ耐性がついたとでもいうのか。
作り物と分かっているからの切り替えだ。

それは8歳のあの頃から変わっていない。
お風呂の時も眠る時も、そこまで思い出さない。
じゃなかったら、毎回怖い思いをしているのに付き合いきれなくなる。

だけど、妹は思い出すことが多いらしい。
じゃあ、観なきゃ良いのに。
と、違う違う。
また違うことを考えてしまう。

「岡崎は、怖いの平気なの?」
「ん?俺?心霊系は平気だと思う。全く霊感がないからかも」
霊感は私もないけど。
こくりと唾を飲み込む。
「…え、じゃあヒトコワは?」

「ヒトコワ?って何?」
岡崎のきょとんとする顔に、あれ?と思う。
緊張した問いかけだったのに。
拍子抜けとでも言うのか。
「ヒトコワ、聞いたことない?」

私の問いかけに、首を傾げる岡崎に疑問が湧く。
知らないの?
見つめあうこと数秒。
疑問が確信になる。
知らないんだ。

そうだよね。
あんなにマニアックなジャンル。
好きな人は少ないか。
何か急に力が抜けた。
じゃあ、妹の剥製だのコレクションなんかは、完全に妄想だ。

「かなえ?」
「あぁ、えーとサイコパスとか猟奇的?な人の話」
「あずさちゃん、そんな話も好きなんだ」
岡崎の顔は、理解不能を示していた。
「うん、私も理解はできない」
答える私に岡崎はじっと私を見た後で頷いた。

「だよな」
「うん。だけど、理由は分からないけど、昔から好きなんだよね、謎」
「で、かなえは昔から巻き込まれていた?」
「そうなの。気づいたら、何か一緒にいた?」
「ははっ、かなえらしい」

岡崎の笑う顔に、私も笑って答える。
ふと目の前に座るりかのことを思い出した。
りかの表情は何か呆れている?
何で?
「りか、どうしたの?」

「…朝から仲良しだなと思って」
仲良し。
りかの言葉にぼわっとする。
顔が熱いから、赤くなっていると思う。
やめてよ。
折角落ち着いたのに、また照れちゃうじゃん。

小学生みたいな揶揄い方しないでほしい。
「可愛いなぁ、かなえは」
岡崎の独り言にも、りかは呆れたように私を見た。
何でよ?

「意地悪しないで」
少しにらんでも、りかは気にしていなかった。
「ごめんごめん」
一応謝ってくれたから、それに頷く。

「それより、りかは昨日は無事だったの?」
結局夕方から夜まであっという間で、ラインすら見ることなく今朝になっていたから。
今朝気付いたりかのラインに、返事もしていなかった。
「ごめんね?返事もしていなくて。バイトは無事に終わったの?」

「あー、昨日は何というか、やっぱりおかしなことがあって」
おかしなことが起きるのはやっぱりなんだ。
「おかしなこと?リーダーさん?」
「しかないでしょ?」
りかの言葉に笑ってしまう。

りかの日常にバイトリーダーさんはどこまで浸透しているのだろう。
目の前にいなくても、その人のことを思い浮かべるなんて。
「恋してるみたい」

思わず零れた言葉に、今度はりかが私を睨む。
「は?あんたね、マジで怒るよ」
そんなに怒る?
というか、私が怒ったのと比じゃない位嫌がってる。
「ごめんごめん」

「何でリーダーと?キモ過ぎ、想像させないで」
りかの早口に、言わなければ良かったと本気で思った。
「ごめんなさいってば」
「いーや、許さない」
「えー」
これは何か奢らないといけないやつ?

「でも、昼か放課後は譲らないよ?」
岡崎の言葉に、りかは明後日の方向を見た。
「何だ、残念」
りかのつぶやきはそこまで残念そうにも聞こえなかった。
え?そこまで怒ってたわけじゃないの?

それより、りかの残念って何?
「何が?」
岡崎とりかの2人で話していることは、私にはよく理解できていない。
「マジで、あんたも病気なの?」
「…かもね」
りかの言葉に岡崎が肯定して終わった。

「何の話?」
問いかける私に、りかは岡崎をちらりと見て首を竦める。
「…リーダーの話」
「え?リーダーさん病気になっちゃったの?」
私の少し大きい声に、りかが周りを見る。
あ、ごめんなさい。

りかは、そろそろ駅に着くこともあり立ち上がった。
「そうじゃなくて、どうも心?の方の病気?」
りかの声を潜めた発言に、私は言葉が出なかった。

リアルヒトコワ。
「え?え?」
「どうしてかなえが慌てるのよ?」
「だって、心の病気って」
精神病とか、うつ病とか、ゆくゆくはサイコパスとか、猟奇…。

「りか、しばらくバイト休めないの?」
りかが何かに巻き込まれる前に。
「かなえこそ、ドラマの観過ぎね?」
りかは軽く笑い流す。
「そうかもしれないけれど」
りかが何か怖いことに巻き込まれないか、急に不安になった。

「高橋のバイト先に、今日の放課後行く?」
「行きたい」
岡崎の言葉にすぐに頷いた。
「じゃ、帰りに行こう?」
岡崎の言葉にもう1度頷く。
横でりかの大きなため息。

何で?
「行っちゃいけないの?」
私、心配しているのに?
だけど、私の心配をよそにりかはけろりとしている。
え?怖くないの?

「いけないとは言ってないけど、デートでバイト先来られても…」
「デートじゃなくて」
「デートだろ?」

りか、私、岡崎で言葉が続く。
ん?
私はりかの心配をしているのに。
何で、デートの話に。

「デート、じゃなくて」
私の言葉に、岡崎がうんうんと頷く。
「あぁ、高橋が心配だもんな」
「そう」
「じゃ、そうことで良い」
どういうこと?

「単純に高橋のバイト先に行こう」
岡崎の言葉に、りかはやっぱり呆れたため息をついた。
だから何でよ?

「かなえの良心につけこむのはどうかと思うけど…」
「つけこんでなんかないけど?高橋は人聞きが悪いな」
「はいはい」
電車から降りて、周りに気を遣わなくても良くなった。

「かなえは、本当にお気の毒様」
「何が?今はりかの心配をしていて」
りかの言葉に、意味が分からなくなる。
「はいはい、私はあんたの方が心配だよ」
りかの言葉はやっぱり意味不明だった。

「リーダーさんいるの?」
「いるんじゃない?」
平日はほぼ毎日いるという彼。
というか、心の病気って。
働いていて良いの?

「てか、まだ何も決まってないんだけどね?」
「うん」
「昨日、店長がポロっと」
「うん」
「リーダーに通院を進めたんだって」
「えぇ…?」

怖い人に通院を進める店長さん。
店長さんは間違いなく勇者だ。
「途中で私その場面に遭遇しちゃって」
「わぁ、災難」
「それな」

私だったら、気まずくてすぐに離れそう。
でも、りかはしれっと聞いてたのかな?
私の想像通りりかは『それでさ?』と話を続ける。
だから、私も『うんうん』と続きを促す。

「そこでリーダーが過剰に反応して、挙動がおかしくなっちゃったの。マジで怖かった」
「…えぇ?」
「店長と話しているのに、話題が噛み合わなくてなって。…急に焦点合わなくなったり、笑いだしたり、もう行動がおかしすぎて…」
りかから聞くリーダーさんの行動が、ドラマに出ている俳優さんの演技と重なる。
「…ヒトコワ」
「それな」

「そういうのが、ヒトコワってこと?」
岡崎の言葉に、咄嗟に何とも言えなくなる。
「えぇと」
まごまごする私に構わず、岡崎は『あぁ、ちゃんと伝わってなかったか』と言い直す。

「現実にいる人で、怖い思いをすること?とか、人の行動で怖い出来事に巻き込まれたりとか?」
概ね岡崎の言葉が当たっていたので、素直に頷く。
「へぇ…」

「りかが心配」
言う私の頭を一撫でする岡崎。
多分『大丈夫だよ』みたいなことだろう。
甘いなぁ。
照れる私をよそに、りかはまたため息をつく。

「高橋でも怖いって思うことあるんだ」
岡崎の言葉に、りかが岡崎に視線を向ける。
あ、これは怒ったのかも。
「どういう意味?」
案の定、りかは怒ったようにそう問いかける。

「あぁ、ごめん。悪い意味で捉えないでほしいな」
だけど、岡崎は気にしていない。
「今のは悪意があったでしょ?」
「…ないよ?」

岡崎とりかが話している場面はあまりない。
りかが岡崎に興味がないから。
私がそわそわしていたのも、りかは気付いていたかもしれない。
だけど私が何も言わなかったこともあり、りかも特に岡崎には触れていなかった。
でも今は、私と岡崎が付き合うことになり、りかとも接点が増えた。

こうやって見ているとそれはそれでアリ。
りかは綺麗な子だから。
私の方がおまけみたいな気持ちになってしまう。

卑屈になっているわけじゃなくて。
純粋に綺麗な子とカッコいい人の方が画になる。
そう素直に感じる。
モデルさんとか芸能人を見る意識に近い。

「「かなえ?」」
岡崎とりかに話しかけられて、思わず我に返る。
「2人で並ぶと、何かバランス良いね」
私の言葉に岡崎はえ?という表情をし、りかは目に見えて嫌がった。
何で?

「そこは、かなえに横にいてほしいんだけど?」
岡崎の言葉に曖昧に頷く。
「私は、一括りにしないでほしい」
「ごめん」

じゃなくて。
「今は、リーダーさんだよ」
「「いや、そうでもない」」
2人が見事にハモる。
「おもしろいね」
笑う私にりかは呆れたように笑い、岡崎は『そう?』とにこやかに笑った。

学校でも特に変わったことはなかった。
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