スキの気持ち

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「どの人?」
岡崎の言葉に、周りをキョロキョロし見たことのある背中を見つけた。
「あ、背の低いあの人」

「え?どこ?」
無意識だろうけれど、岡崎の顔が近付く。
無駄に近いな。
ドキドキする。
隣にいる岡崎を、急激に意識する。

「あ、あの、黒髪短髪で通路を歩いている」
動揺しながらもそれに答える。
見覚えのある顔を、はっきりと認識した。
いけないと思いつつ、指を差して岡崎に伝える。
「あぁ、あの人か」

岡崎と私は、りかがバイトに向かった後でファミレスに入らず時間を潰していた。
入り口のすぐ側で。
りかがお店に出るのを待っている。
りかからの指示で。
その方が、りかが私と岡崎を案内できるからとのこと。

『リーダーに当たったら、かなえマジでビビると思うから』
さっき別れたりかの言葉に、何でだろうと首を傾げた私。
『最近、特に挙動がおかしいから』
呆れた表情と共に言われた言葉にも、素直に頷く。
『じゃ、適当に入って来て』
そう言ってりかは、バイトに向かって行った。

だけど当の本人を見つけて、りかの言葉に不思議と納得してしまった。
見覚えのあるシルエット。
遠目に見ても、動きがカクカクしている。
確かに、挙動がおかしい人がいる。

「何か、ぜんまいでも付いてるみたいだな」
ぽつりと岡崎が言った。
真面目に言った岡崎の言葉に、何故か笑ってしまう。
「何で笑う?」
そもそも、岡崎が『リーダーってどの人?』と聞いてきたのに。

見たことのある彼は、謎にお辞儀をしていた。
誰もいない空間に。
どこにも誰も見当たらないのに。
人の少ない店内で、ただウロウロしている従業員。
シュール。

それを、当たり前のようにしている他の従業員。
それも込みでおかしな空間。
「何か、お辞儀してるね」
つい口にしてしまった言葉。
「だな」

改めて見ても、やっぱりおかしい。
「…こわ」
「うん、こわいね」

岡崎の言葉に、私も素直に驚いた。
「確かにヤバ。かなえの言うヒトコワって、あぁいう人?」
岡崎の探るような言葉にまた素直に頷く。
「…かもね」

そういう人だけじゃないけど…。
もう、最初から箍とでも言うのか何かが外れていて、おかしな行動やおかしな考え方をする人はいる。
そういう人とは別に、成長過程で何かがあってそうなるべくしてなってしまった人と。
種類はいくつも存在する。
どちらにせよ、ヒトコワ人種は色々とおかしい。

リーダーさんは、明らかに“挙動がおかしい人”だった。
この状態で、接客は厳しいだろう。
純粋にそう感じた。
初めて見た人だって「え?」となると思う。

「あ、りかだ」
着替えてホールに出て来たりかが私達に気付いた。
小さなジェスチャーに、頷いて私も手を振る。
「…じゃ、行こっか」
岡崎の声に、頷いて店内に進む。
軽快なドアチャイムの音がして、りかがやって来た。

「2名様ですね」
本当だったら、『2名様ですか?』だと思うんだけど。
ぼんやりと考える私に構わず、岡崎が『はい、2人です』と答えていた。
そういうマニュアル、勝手に変えて良いのか~と思う私。

最近は、案内せずに自分で受付するタイプのお店も増えている。
このファミレスもそうだったはず。
だけど、りかは気にしないように私達を案内した。
従業員出入口が見える、ドリンクバーが近い席へ。
リーダーさんは、私達に気付いていたけれどりかの方が早かった。

リーダーさんは、動かずにその場に立ち尽くしていた。
通り過ぎる私達に、ぺこぺことお辞儀をする。
怖い怖い。
普通に怖い。
だけど、何をしたら良いのか分からないからとりあえず私もお辞儀を返す。
怖いから後ろは振り返らない。

席について、メニューを渡される。
「限定のメニューはこちらになります」
まだ開いてもいないのに、りかがおススメを教えてくる。
りかの余所行きの声に、ふむふむと頷く。

「あ、イチゴのクレープある」
私の言葉にりかがふっと笑う。
「おすすめはシフォンケーキです」
違うじゃん。

私が好きなの知ってて。
もう、りかの意地悪。
「クレープよりもおいしいですか?」
意地になって問いかける。
私の質問に苦笑するりか。

「どちらもおいしいと思います」
「じゃあ、半分こにしよっか」
岡崎の言葉に、ピシリと固まる。
「かなえ?」
岡崎の言葉に、何と答えれば正解なのか…。

「そうですね。分けるのにも最適ですね」
りかがしれっと答える。
「じゃあ、それ1つずつとドリンクバーで」

岡崎がてきぱきと答える。
「繰り返します、イチゴのクレープとイチゴのシフォンケーキ1つずつとドリンクバー2つですね?」
岡崎とりかで会話が進んでいく。
「はい」

口を挟めない私は机の上にある所在なさげなタッチパネルを見つめる。
これ使えば良いのに。
というか、本当はこれじゃん。

私が違うことをぼんやりと考えている内に、りかはさっさと戻って行った。
「タッチパネル使ってない」
私の言葉に岡崎が笑った。

「本当、かなえって良いなぁ」
「何が?」
「…自分の世界」
岡崎の言葉に、ずれてるからと馬鹿にされていると思ってしまった。

「飲み物取って来る」
呆れてしまった自分を誤魔化し、席を立つ。
「あ、俺も行く」
岡崎は気にしないように着いてきた。

「ホットウーロン」
冷たいウーロン茶も良いけど、置いてあるティーバックからウーロン茶を選んでお湯を注ぐ。
ついでに冷たい飲み物も貰っていこうかな。

「かなえって、食べ物を前にするとよりイキイキするね」
「食いしん坊ってこと?」
「違う違う、見ていて癒されるってこと」
「ふうん」

答えずに席に戻る。
岡崎は、行きと同じくゆっくりと着いてきた。
「さっきの続き」
「うん?」

「違うよ。尊敬してる」
私の不満を感じてか、そう答える岡崎の顔はやっぱり真面目だ。
その顔を見ていると、私が感じた不満はお門違いだと思えてくる。

「ごめん、尖った考えで」
私の言葉に、岡崎は『全然』と答える。
「素直で良いと思う」
「どこが?」
「面白くないって、不満だって顔に出るかなえ」
「分かりやすすぎじゃん」

「かなえの思考回路、本当に良いなぁって思う」
「どこが?」
「全部」
「…そう」
甘いなぁ。

力が抜ける。
「岡崎って、物好きなんだね?」
「ううん、かなえが好きなだけ」
間髪入れずに答える岡崎に、私の方が答えに困る。

「…ありがとう」
「そこでお礼なんだなぁ」
岡崎は苦笑した。

分からない。
付き合う正解って何?
これで合っている?
考えても仕方ないか。
視界の端に映ったリーダーさんに意識が向かう。

りかから聞く話と見るのでは全く違う。
聞いている話よりも、大分ヤバい。
そう感じたのは、私が怖がりだから?

あのリーダーさんが、笑顔で刃物を持ち出すことを想像して1人で震える。
「かなえ?」
向かいに座る岡崎に『何でもない』と答える。
怖い。
確実に怖い。
目の焦点が合ってない感じが。

「意識しすぎ」
岡崎の言葉に、ハッとする。
見てないつもりだったのに。

「てか、普通に妬ける」
「は?」
「だから、あいつばっかり見ないで」
「え?」

今、そういうのいらない。
私の表情で何かを感じたのか岡崎が困ったように笑った。
「…ごめん」

何で岡崎が謝るんだろう。
「かなえは、最初から高橋が心配だって言ってたのに」
その『ごめん』か。
「あぁ、うん」

「かなえって、本当にブレない」
岡崎が私を見ている。
だけど、私の意識はリーダーさんにしかなかった。

視線で追うのではなくて、あくまで見ている方向に映るリーダーさんを確認する。
キョロキョロしているリーダーさんは、店内をずっと歩いている。
何をしているんだろう。
散歩。
とも違う動き方。

じっとしていられないのかな。
サイコパスの人が落ち着きなく貧乏ゆすりをしている光景と重なる。
ずっとお盆を両腕に抱えて、多分何か目的があるはず。

「かなえ」
落ち着いた岡崎の声に『うん?』と曖昧に答える。
「高橋が心配なのは分かるけど、かなえまで挙動不審になっちゃうから」
再び岡崎の声にハッとする。

今の私達って、回りからどう見えているんだろう。

付き合っている2人がファミレスに来て、何も話さないのはおかしい?
それとも付き合っているって思われてない?
「私って、変?」
岡崎に問いかける。
真面目に聞いているのに、岡崎はそれにもふっと笑う。

「可愛い」
質問の答えになってない。
「ごめんごめん。変じゃないよ、俺の可愛い彼女、だね」
岡崎の言葉が、変な緊張感と共に耳に残る。

学校とかなら、ただ照れて終わりだったのかもしれない。
だけど、今は環境とでもいうのか。
この状況で、気の利いた返事も浮かばない。

「ね?かなえ」
リーダーさんを追うのを諦めて、目の前にいる岡崎に視線を合わせる。
「昨日の、映画の話」
「…あぁ」

「どう?あずさちゃんは?」
「うーん、純粋に映画には興味があるみたい」
「そうなんだ。じゃあ、やっぱ俺が嫌なんだ」
「違うよ。嫌とかじゃななくて…」

「だけど、かなえと2人が良いって…」
「それは多分人見知りが…」
そうなのだ。
あの妹は、これでもかと猫かぶりなのだ。

「俺としては、2人で行ってもらっても良いんだけど」
「それは流石に悪いよ」
「…そっか」

「岡崎の家って、すごいんだね」
「…何が?」
「映画のチケット、前もって準備するんだ」
私の言葉に、岡崎が困ったように笑った。

「違うよ」
「え?」
「…貰ったものなんだ」
「へぇ、そうなんだ」

「だから、試写会っていって、公開前に観れるんだけど」
「え?すごいチケットなんだね」
試写会だって。
聞いたことはあるけど、行ったことなんて勿論ない。

「だからさ、それであずさちゃんのこと誘えないかな?」
「何でそこまであずさのこと誘いたいの?」
は、もしかして。
「あずさが気になる?」

初めて会っても好きになるのに、時間は関係ない。
多分。
昨日見たあずさが可愛くて、岡崎が気になったんだとしたら…。

「それはない」
速い否定。
「それは絶対にない」
強い否定。

「この世に、絶対って言葉はないって」
それでも、浮かんだ考えは捨てられない。
「…じゃあ、可愛い彼女の妹だから、嫌われたままじゃ俺が不利かなって」
「うん?何の話?」
「それでこそ、かなえ」
岡崎の言葉は、時々理解が出来ない。

「というか…」
「お、お待たせしました!」
私の言葉がかき消されるほどの声で、注文した品が届いた。
運んできたのはりかではなく、リーダーさんだった。

「あ、ありがとうございます」
あのお盆は、ずっと腕に抱えていたお盆かなぁ。
そんなことを考える。
少し怖いなぁ。
色々と。

「イチゴのクレープのお客様」
「彼女です」
私が手を挙げるよりも早く、岡崎が応えた。
「前を失礼します」

言いながら、大きな平皿に乗ったクレープが置かれた。
美味しそう。
「シフォンケーキ…は」
リーダーさんが困っている。
何でだろう。

「あ、大丈夫です」
岡崎はお盆に乗っている同じく平皿を手に取った。
どうして?

「ご、ご注文は以上ですか?」
問いかけるリーダーさんに、『はい』と答える。
「ごっゆくりお過ごしください」
丁寧にお辞儀するリーダーさんに、私も頭を下げる。

またカクカクとぎこちない動きで、そのままホールを歩き出した。
ふつうは奥に戻るんじゃないのかな?
気にする私をよそに、『困ってたな』と岡崎が呟いた。

「何に?」
「皿を置くのに」
確かに。
さっきの一瞬止まったリーダーさんに、疑問が湧く。
「何でかな?」

「男が甘いものを頼むって思ってないからじゃん?」
岡崎の言葉に、首を傾げる。
そうなの?
だから止まったの?
不思議。

岡崎にいたっては自分から受け取りに行っていたし。
結構せっかち?
「違うよ」
「ん?」

エスパーなのかな?
「声に出てた」
「嘘」
「ほんと」

これって私の悪い癖。
無意識に口に出ているんだろう思考。
だから、岡崎は皿を取りに行ったの?
行動派だなぁ。

「てか俺も、あの人に食べ物触られたくなかったし」
「何で?」
「だって、さっきから店内ウロウロしてるだけで、店の中触りまくってたし」
言いながら、岡崎がドリンクバーから持ってきたのだろう、ウェットティッシュで私の前に置かれた平皿の淵を拭き始めた。

えぇ?
どういう行動?
目の前でくるくる回る平皿を眺める。
岡崎の行動を見守る。

「あいつが触ったってだけで、何か嫌だな。てか高橋はどうしたんだよ?」
言いながらも岡崎の手は止まらない。
「潔癖?」
「とも違うけど…」
私の問いに、岡崎は満足したのかクレープの皿を私の前に再度置く。

「食べたら?」
「…うん」
岡崎に観られながら食べるクレープは、少しだけ酸っぱいのが気になった。
家に帰ったら、あずさに映画のこと言ってみよう。

そんなことをぼんやりと考えた。
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