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10.さみしい

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最後に一緒にタピオカを飲みに行ったのが三週間前。
あれから獅童は私にちょっかいをかけてこなくなった。
私と獅童の関係はただのクラスメイトに戻った。

はじめは獅童のいない平穏な日々を享受していた。
唯がいなくてもビクビクしなくていいし、校門の前をこっそり通らなくてもいいし、すれ違いざまにいたずらをされることもない。

でも、獅童と関わらなくなって一週間が過ぎた頃、今まで感じたことのない謎の感情が私を支配するようになった。
獅童を見かけたり、声を聞いたりすると特に強くその感情は現れた。
モヤモヤして、胸が苦しくて、対処法が分からないから動画を見たりして気を紛らわせるしかなかった。

結局あの感情が何を意味していたのかは分からないけど、一つだけ気付くことがあった。

私は、さみしいんだ。

けれど、気付いたところでどうしようもない。
私がどう感じていたとしても、獅童には全く関係がないことだ。

獅童が私に関わってこようとしない理由はたった一つで、端的に言えば飽きたということだと思う。
それ以外に説明が付かない。

彼が私との関係を断ちたいと思っているなら、私はそれを受け入れる必要がある。
学校中の美少女からモテているあの色男を、自分の都合で傍に置くことなんてできない。

私自身も獅童の一件で悩みだしてから歌い手としての活動に力が入らず、無理矢理投稿した曲も案の定バッシングをくらってしまった。
自分の歌を楽しみにしてくれている人たちをこれ以上失望させるのも嫌だ。

…なのに、獅童とのやり取りが脳裏にこびりついて離れない。
獅童が話してたこと、獅童の温もり、お腹を抱えて笑う獅童の表情などが鮮明に思い浮かんできてしまう。

「…で、夏菜はどうしたいの」

唯は呆れたような表情で私の発言を促した。

私の意見なんて関係ない。
獅童が私を避けているなら、それが答えだ。
私もまだまだ歌い手として活躍し続けたい。
唯にもこれ以上心配をかけたくない。

関わっちゃいけなかったんだ。
これ以上話がこじれる前に、線を引くんだ。

「…わたし、は」

獅童と関わるのをやめるよ。

と続けたいはずなのに言葉が出てこない。
唇だけが動いて声帯が機能していない。
そんな私の様子を見て、唯は眉間に皺を寄せながらぽつりと呟いた。

「本末転倒だったか」

「え?」

「いや、何でもない。とにかく、獅童とまた仲良くしたいんでしょ」

「い、いや、そんなことは」

「自分の気持ちに素直になりなよ。獅童はムカつく奴だけど、夏菜がアイツと一緒にいて楽しいならアタシはそれを応援する。なんかあったらアタシが殴ってやるから」

ずっとこらえていた涙が頬を伝う。

きっと唯は全部分かってる。獅童と関わるのは『夏菜』としても『ラギ』としても危ないってことを。
それに心配性の唯のことだから、本当は獅童と仲良くするべきじゃないって言いたいんだと思う。

それでも…私が本当は獅童と一緒にいたいんだって気付いてくれて、だけど一人じゃ動けない私のことも分かってくれて、全部分かってて背中を押してくれている。

私は、私は…獅童と一緒にいたい。

「ぐすっ、ゆ、唯、私、」

「頑張って」

「唯ぃ…!」

「獅童に伝えといて。『仕方ないから許す』って」

「?」

「大丈夫、アタシがそう言ってたって言えばわかるから」

唯の伝言内容はよくわからないけど、私が唯に助けられたことは確かだ。
頬杖をついて呆れている様子の唯だけど、口元は笑っている。
唯にはいつも助けられてばかりだ。
おもいきり抱き着いて頬擦りをすると「鼻水がついて汚いから離れて」と言われたが、無視して頬擦りをし続けた。
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