超有名歌い手の私は静かに暮らしたい

サラダ菜

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30.私の過去

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「ご、ごめんなさい、付き合わせてしまって」

「あ?俺が聞きたいだけだから」

素っ気なく返事をする湊くんに「ありがとうございます」と伝える前に曲は始まってしまった。
喉を開きながら、私は曲の背景に想いを馳せていく。



小さい頃から人と関わることが苦手だった。
人と話していると気をつかってばかりで、何を話せばいいのかも分からない。
もちろん友達を作るのも苦手で、一人で過ごす時間が多かった。

そんな私がのめり込んだのは「歌うこと」だった。
言葉を発するのが苦手な分、歌詞に自分の想いを乗せるのが楽しかった。
話し下手だったからこその特技であるともいえた。
歌は、私が唯一「私」でいられる手段だった。

高校に入学しても私を取り巻く環境は変わらなかった。
相変わらず友達はできないし、ドジだし、勉強についていくのもギリギリだった。
大人になってもずっとこのままなのかと考えて枕を濡らす日もあった。

ある日、私は一縷いちるの望みをかけて、一本の動画を投稿をした。

何もできない自分が唯一自慢できるこの歌声を、誰かに評価してほしかったんだ。
一人でもいい。
誰かが再生してくれたら。
「すごい」と思ってもらえたら。



自分の予想はいい意味で裏切られた。
すごい勢いで動画は再生されていき、挙句の果てにはまとめサイトにも取り上げられた。
瞬く間に動画の再生数は100万を越えてしまった。

私は自覚がないまま「有名人」になった。
ファンと呼ばれる人たちから望まれるまま、次々と動画を投稿した。

人気はぐんぐんと上がっていき、やがて実生活でも「ラギ」の名前を聞くようになった。
学校に行けば自分の歌声が教室で流れる。
街へ行けばすれ違う学生達が私の歌声を褒めてくれる。
その頃には完全に有頂天になり、ちやほやされる日々を楽しんでいた。

だけど、しばらくしてあることに気付いた。
「ラギ」と「夏菜」は違う。
みんながもてはやしているのは「ラギ」だ。
どれだけ有名になっても「夏菜」がちっぽけであることに変わりはない。
「ラギ」が有名になればなるほど、「夏菜」としての自分が惨めに見えた。

自分を評価されたくて始めたはずの動画投稿が、まさか自分の首を絞めることになるなんて思ってもみなかった。
贅沢な悩みだと批判されるかもしれない。

それでも、「ラギ」が抱えている悩みについて知ってほしい。
こんなの自己満足だって分かってる。

だけど、この葛藤を曲にすることで、何かが少しでも変わるかもしれないから。



マイクをそっと下ろす。

歌詞を書きあげるのに3か月はかかった。
本当の自分を、「夏菜」としての自分を歌詞にするのが怖くて、何度も歌詞を破り捨てた。

泣きながら、苦しみながら作り上げたこの曲はきっと未だに未完成だ。
だけど、この曲は「未完成」だからこそ、完成されているのだと思う。

「はぁ、はぁ…っ」

息を整えながら、胸に手を当てる。
心臓がドクドクとせわしなく動いているのが分かる。
渇いた喉を潤したくてテーブルに視線をやろうとした瞬間、ずい、と目の前にミルクティーが現れた。

「わ!あ、ありがとう、ございますっ、はぁ」

「…今日中に投稿したほうがいいぞ、その曲」

「…へ?」

「今までで一番良い。いや、お前はラギだから歌上手いのは当たり前なんだけどな。なんつーか…夏菜の想いみてえなのが詰まってるから、それが良いんだ」

「あ、ありがとうございます…っ!」

自分が作詞した曲が評価されることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
「夏菜」としての私をよく知ってくれている湊くんに評価されたからこそ、余計に嬉しい。

「批判もあるだろうけど気にすんな。受け入れてくれる奴の方が多いはずだ。胸張ってろ」

「っ、あ、ありが…っ」

涙がぽつぽつと零れていく。

この曲は私の人生の軌跡とも言える。
だからこそ決して綺麗な歌詞ではなかったはず。
それを評価してくれて、「胸を張れ」と言ってくれる湊くんは本当に心強い。

「…お前はラギだけど、だからってラギらしく振る舞う必要はねえ。夏菜は夏菜だ。俺はお前が夏菜だからこそ…」

「…?」

突然喋るのをやめてしまった湊くんを不思議に思い、涙を拭いながらもちらりと様子を伺うと、なぜかすごい勢いで顔を逸らされてしまった。
んっ、んんっ、と咳払いをした後、湊くんは視線を逸らしたまま口を開いた。

「…とにかく!夏菜は夏菜のままでいいんだよ!あと曲は今日中にアップしろ!」

「は、はいっ!」

「歌うぞ!」

「はいっ!」

湊くんにたくさん褒めてもらえた。
しかも、勇気を出して歌ったオリジナル曲も絶賛してくれた。
心がほこほこと暖かくなるのを感じながら、結局喉が枯れるまで湊くんとカラオケを楽しんだ。

…そういえば、今日はつい敬語で喋っちゃったけど注意されなかったな。
なんて思ったのはオリジナル曲を投稿しようとしていたときのことだった。
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