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第3話 色抜け
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その日、スクールの教室に入ってすぐに気が付いた。
色抜けだ。
スクールの石壁には、アグーの紋様が鮮やかな絵の具で描かれていて、それを見るのがわたしはとても好きだったのだけれど、その赤や黄色の紋様が、真っ白になっていた。
もう、春なのに。
色抜けは、本物の春が来るまでの間に起こる自然現象だ。最初は自然物。木々は色を失って、花も形だけ違う白い花ばかりになる。それから、人や無機物も、色抜けするようになる。わたしの髪と目のように。
本物の春が目の前にあるこの時期が、実は一番、どこもかしこも色抜けで真っ白で、寂しい時期だ。雪は解けたのに、大地の色は寒々しい白のまま。広場の中心の湖も、今は凍てつくような白い湖だ。
その白い教室の中、白い服を着た女の子たちが、ひとりの女の子を囲っていた。
「ニナ?」
驚いて、声をかける。イェリンはわたしの背中に隠れたままだ。
ニナはわたしたちと同じ候補生で、真っ赤な髪の毛がかわいい女の子。でも、そのニナ自慢の緋色の髪は、いま、ない。彼女の白い顔の上には、同じように白い髪。
――ニナも、色抜けしたんだ。
泣いていたのかな。わたしも、色抜けした日は泣いたもん。色抜けは自然現象だといったって、自分の何かをもぎ取られる気持ちになる。
ニナがきっとこっちを睨んだ。
――違う。
ぎゅっと、イェリンがわたしの背中に縋りつくのを感じた。少し離れていたアーヴィが、わたしと並んでイェリンを隠す。
「なんで」
ニナが、絞り出すように声を上げた。周りの女の子たちが、そっと距離を取る。ニナの怒りの気配に負けたんだ。
わたしは、その場で踏みとどまる。
「なにが?」
「なんでよ。なんでイェリンは色抜けしてないのよ」
「たまたまでしょ」
「うるさいっ! アーヴィも、真っ黒なままなんておかしい! ずるい!」
おかしくなんてない。色抜けしないから選ばれたわけじゃなくて、ただたまたま、ふたりは色抜けしていないだけだ。色抜けしていたって選ばれるひとはいる。先代の神子はそうだったって聞いている。
なんにもずるくなんかない。
「イェリン! 隠れてないでよ!」
立ち上がったニナが、イェリンのほうへ手を伸ばす。その手をわたしは振り払った。
「イェリン!」
苛立ったように、ニナが叫ぶ。分かっている。誰かに、色抜けの悔しさを、つらさを、ぶつけたいだけ。イェリンもアーヴィも知らないだろうけれど、色抜けは、本当に、誰かのせいにしたいくらい、しんどい気持ちになる。わたしは知っている。
でもだからって、人にあたっていいわけがない。
「対して上手くもないくせに! 隠れてばっかり、おどおどしてて、どうせ踊れやしないのに!」
「ニナッ!」
思わず、わたしは怒鳴っていた。だってそれは、そんなのは、言っちゃいけない。だって言ったほうが、ずっとずっと、情けない気持ちになる。
すうっと、後ろで息が聞こえた。イェリンだ。イェリンは息を吸って、それからゆっくりと、わたしを押しのけて前に出た。震えている。ちいさな薄い肩が、震えている。
それでも、イェリンは前に出た。それはきっと。
「――でもわたしが、春を呼ぶの」
それはきっと――春を呼ぶ咲の巫女としての、イェリンの矜持だ。
その言葉は、わたしの胸を突き刺していく。きっと、そう、ニナの胸も突き刺したんだ。
カッと目を見開いたニナが、次の瞬間イェリンに飛びついていた。
机が、椅子が、大きな音を立てて倒れた。もんどりうった二人が、絡み合う。悲鳴が上がった。ニナが悲鳴みたいな声をあげて、イェリンにつかみかかっている。アーヴィがニナの後ろに回った。羽交い絞めにするその瞬間に、わたしはイェリンを引きずってふたりを離した。
「落ち着け、ニナ」
はー、はー、と大きく息をして、乱れた髪のアーヴィが静かに言った。ニナは自分のしたことに自分でびっくりしたのか、泣きそうな顔で両の手を見降ろしている。
わたしだって、目の前で起きたいきなりの出来事に、心臓が踊り狂っているけれど。
「イェリン、大丈夫?」
座り込んでいたイェリンを支えて立ち上がらせようとした、その時だった。
「痛っ……!」
ちいさな悲鳴とともに、イェリンが再びしゃがみ込んだ。
「イェリン!?」
「あ……足、が」
イェリンが、小さな靴に包まれた自分の足首を触る。
――ひねった?
さっと自分の顔から血の気が引いていく感覚がした。イェリンが、悲痛な顔をしている。
おろおろして顔を上げる。アーヴィの表情も硬い。
どうしよう。だって。
祝祭は、明日だ。
咲の巫女は踊って歌う、その役割を担うのに。
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