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【番外編】訓練学校でできた友人が可愛くてたまらない話 -1-
しおりを挟む「おいお前、よだれ垂れてんぞ」
入学セレモニーで隣に立つこの女にうっかり声を掛けてしまったことが、全ての始まりだった。
ドベルグ王国の王都カルディア。竜による軍事力と機動力をもってした運送業によって生業を築くこの町の平民街に、俺は生まれた。竜は元来山脈の連なった地方に生息しているものの、警備のために王都では王宮で多くの竜を飼育している。ふと空を見上げれば飛竜達が騎手を背に乗せ空を行き交うのが常で、その力強くも優美な姿に竜騎士というものは貧富の差問わず、少年達にとっては誰しも一度は憧れる職種であった。
他国と比較すれば決して治安は悪い方ではないし、職に有り付けない世の中ではない。しかし5人兄弟において一等最初に生まれてしまった俺は何かと制限されることの多い環境で育ち、弟妹達にもそれを強いることがなんとも心苦しく、疲弊し切ってしまっていた。商会に所属し長期行商で家を不在にしている父のことも町の食堂で働く母のことも嫌いではないし、苦しい家計の中俺たち兄弟を愛情を持って育ててくれているのはとても感謝している。ただまあ愛と金銭面のこととは、話が別だ。
詰まる所、安定した潤沢な収入が望める職に就いて、弟達に我慢させることのない生活を送らせてやり、両親にも楽をさせてやりたい。一丁前にも齢が10を過ぎた頃にはそう思ったのだ。
平等に能力のある者を選別する機会を設けるために、竜騎士訓練学校には成績優秀者のみ与えられる入学料授業料免除の制度が設けられている。それに加えてドベルグ王国内の兵士の中でも竜騎士は、爵位持ちの者しかなれない王宮内の官職に及ばずともそれに匹敵するほどの高級取りだ。こんな御誂え向きの船に乗らない手はなかった。
入学資格が与えられる14の歳までそれはもう死に物狂いで勉強をしたし、体も鍛えた。試験のために自身の役割を疎かにはしたくなかったから家計のために定期的に顔を出していた郵便屋の下働きや家事、弟妹達の世話も欠かすことはなかった。いっぱいいっぱいになっていた俺の身を母さんは案じていたけれど、どうやら俺は心配されればされるほど失敗する訳にはいかないと躍起になる性質のようで。張り切り根を詰めた果てに、俺は夕飯の支度をしていた所家族の目の前で見事に倒れたのだった。思い返せばただただ情けない。
散々家族に心配を掛けた上に気を遣われたのか、俺が倒れた後は弟妹達が積極的に家事を手伝うようになった。生活は楽になったものの、「おにいちゃんは大人しくおべんきょうしてなさい!」と手伝おうとする俺を制し、小さな体で一生懸命洗濯物を干す妹の姿に胸が熱くなるやら居た堪れないやら寂しいやらで。それを見ておかしそうに母さんが笑うものだから、なんだか複雑な気持ちになった。
そんなこんなで家族の協力もあって無事に好成績で試験に合格した俺は、晴れて王宮竜騎士への足掛かりを得たのだった。
「おいお前、よだれ垂れてんぞ」
「へェ?! あわわっ、ありがとあぶな。生マルクス様のオーラおそるべし……」
そうして冒頭に至る。
各国で絶世の美丈夫と名高いドベルグ王国第二王太子に向かって両手を合わせ、恍惚とした表情を浮かべながら涎を垂らしていたおかしなこの女の名はフェリシア・ジルレスト。同じクラスで席も隣同士であったこの女は入学セレモニー中に留まらず、日常生活においても変なヤツだった。
成績は並、運動神経においては壊滅的。ペンを持てば見当違いの解答を述べ、槍を持てば振るう以前に何も無い場所ですっ転ぶ。本当に入学試験をパスしたのかと疑わしいほどにはたから見て兵士としてのセンスが皆無であった。
にも関わらずそれに腐ることなく、どれだけ人前で恥をかこうと教師に呆れられようと彼女は気にする素振りを見せることもはない。常にケロリとした様子で日々を過ごしていた。
ある日の授業後。寄宿舎へ戻った後家族と約束があったため町へ出掛けようとした所、敷地内の訓練場で四肢を投げ出し仰向けに倒れるフェリシアを発見した。
「おっおい!!!! 大丈夫かっ?!?!」
思わず駆け寄り、抱き起す。ぱっと見ひどい外傷は見当たらないが……
「うぅ~~ん…………はっ! 君は隣の席のノアくん!」
「……よぉ。何があったんだ?」
「いや~訓練してたらスッ転んじゃって。起きようと思ったけど疲れたしお腹は減ったし夕焼け空は綺麗だし、そのままぼーっとしてたら寝ちゃってたみたい」
たははと悪びれも無く笑うフェリシアに、思わず白んだ顔をしてしまった俺は悪くないと思う。
フェリシアは、変わっている。竜騎士としての素質云々を置いておいて、変わっている。
まずそこそこの地位を確立している伯爵家の出らしいにも関わらずそれに驕ることなく、砕けた口調で誰にでも分け隔て無く接する。あまりにも庶民的な様子だから、俺も最初は同じ平民の出かとすら思ってしまった。他の貴族の女と同じように集団に属して茶会を開いたりもしないし、暇さえあれば何かを探すように一人であちこちを駆け回っては満足した様子で教室に戻って来る。そしてまたある時は銀髪のやけに綺麗な女生徒の使った後の水道の蛇口に慌てて飛び付いて、鼻息荒く摩り回したりなどしていた。俺と目が合った瞬間口笛を吹きながら何処かへ去って行ったが、あの時のフェリシアはさながら戦場の猛将の如き鬼気迫る様子であった。
不可思議な挙動が目立ったが、同じくらい一人図書室や訓練場に残り、勉強や訓練をしている姿も度々目撃した。国の名誉職を目指す学校だ。居残り勉強や自主訓練自体珍しいことでは無い。しかしフェリシアは伯爵家の娘だ。嫁ぎ先の物色か輿入れにおける箔付か、恐らく竜騎士になることを目的とせず入学し、オホホウフフと日がな一日花々を愛でながら茶菓子などを摘まんでいる明らかにやる気の無い様子の他の貴族令嬢の中では、間違いなくフェリシアは浮いた存在であった。
フェリシアは俺の腕から抜けると、全身を叩いて砂を落とす。改めて見るとその姿はボロボロで、いつもは一つに括っている髪は乱れ、一部が汗で肌に張り付いていた。
鞄から手巾を取り出し、フェリシアに差し出す。
「使えよ。努力するのは立派なことだけど、人騒がせはすんなよな。本当に倒れてんのかと思ったぞ」
「わ~ありがと! いやはやほんとその通りで……実家がとんでもない田舎だからどうもねぇ」
それとこれとは関係無い気もするが……
「ねっ、試しにノアくんも寝転んでみなよ! 意外と気持ちいいからほら!」
「はっ?! わっ、ちょっ、」
唐突に腕を引かれ、あっという間に背中から地面へ倒れ込み、全身に衝撃が伝わる。強かに地面へ打ち付けた箇所がズキズキと痛んだ。鈍臭い癖になんて力だ。
「おい、いきなり何しやがーー」
同じように隣に倒れたフェリシアの顔が思ったよりずっと近くにあって、言葉が喉に詰まった。
長い睫毛に縁どられたオリーブグリーンの澄んだ瞳に至近距離でじっと見つめられ、ドクンと胸の奥の血管が脈打つのを感じる。
「ほらほら見てノアくん」
なんでも無いように俺から視線を外すとフェリシアは空を仰ぎ見た。顔面に灯った熱を振り払うように、俺もその視線を追う。
見上げた先の闇の中では、結構な数の星々があちこちで煌めいていた。
「私の故郷はもっとすごいんだけどね、お天気が良い日は王都でもそこそこに見えるんだよ。綺麗だよねぇ」
確かに見事なものだ。幼い頃から頭上を見上げても憧れの竜騎士を目で追うばかりで、それより向こうの世界に改めて意識を向けたことなどなかったから。
自分の生まれ故郷でこんなにも綺麗な景色を見ることができるなんて、気付かなかった。
「私も最近気付いたんだけどね。美しい街並みや戦華に登場した聖地ーーじゃなくて、素敵なお店や観光スポットの他にも、王都にはこんなに綺麗な星空も広がってたんだなって」
横目で見やったフェリシアの横顔は、何となくいつもより弱々しく見えた。こいつも騎士になるべく一人、王都へやって来た身だ。いくら図太く珍妙なヤツとはいえ、故郷の空を思い出して感傷的になることもあるだろう。
槍を振り回してはすっ転び、周りの生徒達に笑われる目の前の女の普段の様子がふと脳裏に蘇り、俺は気付いたら口を開いていた。
「なぁ、俺も普段は一人で居残って訓練や講義の復習してるんだ。お前さえ良けりゃ、一人でやるより二人でやった方が成果も上がると思うんだが……どうだ?」
そうして俺達は都合の合う際には、共に訓練や勉学に励むようになった。
歴史学や商学、竜の生態学等の分野においてはフェリシアの素養は悪くはなかった。単純に得手不得手の問題だったのだろう。槍術や騎竜術に関しては……まあ、所構わずすっ転ぶことは無くなった。
元が散々だっただけに誰の目から見てもフェリシアの成績の向上は凄まじく、気付けば以前のようにクラスメイトから小馬鹿にされる事はなくなっていた。それどころか、元来の天真爛漫さや誰とでも分け隔て無く接する清廉さで、彼女の周りには人が増えていった。
フェリシアの良さが周囲に認められるのは喜ばしいことであるし、目に見えて勉強や訓練の成果が上がり喜ぶフェリシアを見るのは俺も嬉しかった。
しかしあの夜からフェリシアと共に過ごす時間が増えていき、業後から休み時間、果ては休日に至るまで、気付けば四六時中彼女と一緒だった俺は何となくそれが面白くなくて。この時点で既に俺の中でフェリシアは、かなり大きな存在になっていたんだと思う。
いつものように業後、フェリシアと共に図書室でその日の講義の復習をしていた時だ。
隣でうんうん唸りながら教科書を睨み付けるフェリシアを眺めながら、本当に何となしに、俺はその話題を口にした。
「なぁ、そう言えばお前、なんで竜騎士になろうと思ったんだ?」
「へっ!? どしたの唐突に」
「いや、何となく。聞いた事なかったなと。お前の様子を見るに、結婚相手を見繕いに来たとか、そういうのじゃねーとは思うんだけど」
「いや~……私はなんていうか、その、」
ただのごく一般的な話題の一環だったのだ。昨日の夕飯何食べた? 程度の。
しかし俺の予想に反して、フェリシアは返答を言い淀む。その顔はほんのりと朱に染まり、手に持った鉛筆を両手で弄んでは、もじもじと落ち着かない素振りを繰り返す。なんだ、この反応は。見たこともないフェリシアの様子に、感情より先に胸の奥がざわめき出す。
「なんだよ、そこまで及び腰になるなんて。そんな大層な理由なのか?」
手に持っていた鉛筆を置き、頬杖を突きながら隣のフェリシアの顔を覗き込む。ここまできたら何がなんでも聞き出したい。
「だ、だってノアに嫌われたくない」
「っ……!?」
俺に嫌われたくないから、ここまで発言を躊躇っていたっていうのか? 何だそれかわいーーいや、違うそうじゃない。この感情はあれだ、生徒が教師を慕ってくれていることに対する感動とか、なんかそういう類のあれだ。
赤らんだ頬とか、こちらを上目遣いで伺い見る大きな瞳とか、決してフェリシアの女の部分に反応した訳では断じてない。
「聞いても、幻滅しない?」
「今更お前の何を見て幻滅しろって言うんだよ。鼻水もよだれも白目剥いて爆睡する姿も見たっつーのに」
「そ、それはまた幻滅のベクトルが違うってもんでしょーが! というかその姿は記憶から抹消してほしい。今すぐに」
「俺がお前のこと幻滅することも嫌いになることも、絶対に無いから、安心しろよ。この際、将来の旦那様候補を探しにきた~とかでも、何も驚きはしねーよ」
自分より頭ひとつ分程低い位置にある、丸い頭に手を乗せ、子供をあやすようにぽんぽん軽く叩いてやる。もう何度目か分からないこれをやると、フェリシアの表情が幾分か穏やかになることを、俺は知っていた。珍しく気落ちしている時も、何かしらがこいつの琴線に触れて女ならざる形相で憤慨している時も、こうやって頭を撫ぜてやると、風船玉の空気が抜けたように大人しくなるのだ。こういう単純なところもかわいーーいや面白く感じて、気付いたら習慣化していた。
「ありがと。……あのね、ノア、私、」
俺はフェリシアのことを、大切な友人だと思っていたし、正直女でここまで仲良くなれたヤツは初めてだった。なんならどの男友達よりも波長が合うというか、一緒にいて居心地が良くも感じている。手の掛かる弟や妹のようでもあって、こいつの成長過程や度々繰り返す素っ頓狂な言動も見ていて飽きないし、楽しかった。
だからそんな関係を壊したくなくて、俺を慕って隣にいてくれるフェリシアを失いたくなくて、見て見ぬ振りを繰り返して来たツケがここで回って来たのだろう。
「私、憧れてる男性がいるんだ。その方に少しでもお近付きになりたくて、竜騎士目指してるの」
目の前が真っ暗になるくらいには、俺はとっくにフェリシアに惚れていたのだ。
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