私のことが嫌いな同期の魔術師に不本意ながらもえっちな治療を施されております

小村辰馬

文字の大きさ
8 / 10

8

目を開けた瞬間、白い布が視界いっぱいに広がった。
 揺れている。風の音と、布が擦れる微かな音。
 一気に意識が戻る。

 いつの間に天幕に戻っていたのだろう。
 上体を起こすと、一瞬視界がぐらついた。
 痛みは、ほとんどない。手足も、動く。……助かったんだ。
 その事実に胸を撫で下ろした直後、ふと、隣の気配に気付いた。

「ユリウス!」

 隣の簡易ベッドの上に、ユリウスが横たわっていた。
 息は――あるようだが、顔色が悪い。いつもの色白の肌を通り越して蒼白い。閉じられた瞳の下にはくっきりと暗い影が落ちている。
 視線を落とすと、腹部に包帯が巻かれていた。先刻貫かれていた箇所は、赤錆色に色付いている。
 これ、傷は回復魔術で修復されているのだろうか……ユリウスの容態は――

「あ、フィオナさん。気が付いたんですね」
「マティスさん!」

 ユリウスの持つ第三部隊副隊長のマティスだ。
 彼は天幕の入り口を潜ると、こちらへ歩み寄って来る。
 いつも誰にも流されない、凪いだ雰囲気を纏う彼だが、今回は彼が付いた部隊も激戦だったようで、彼の白い隊服にはマンイーターの緑色の体液が多々付着している。

「マンイーターのボスと対峙して、相手の毒にやられて気絶されていたみたいですね。無事意識が戻ってよかったですよ」
「あ、あの。ユリウスは――」

 自分のことなどよりも、ユリウスだ。彼の安否が気になってしょうがない。マティスの飄々とした雰囲気から察するに、命に別状は無いのだろうが……。

「ああ、隊長ですか。それが……」
「……」
「かなり、危ない状態で」
「えっ!?」

 マティスが口元を抑えて、視線を伏せる。

「うちの隊……というか、第二師団の中でも、隊長がかなりの回復魔術の使い手でしょう? 正直、あれだけの深い傷を完治させることができる隊員が、今いなくて……」
「そんな……第二師団の師団長や、副師団長はどうなんですか!?」
「今別の任務で遠方に出ていて、ここへ来るまでに隊長の命は持たないと……」
「そ、そんな……」

 つらつら語るマティスの言葉に、思考が追い付かない。足元がぐらつく。目の前の視界が揺らぐ。
 うそ、嘘でしょ? あのユリウスの命が危ないだなんて……そんな……

「いや、正直びっくりしましたよ。隊長が腹に風穴開けて血塗れになりながら、貴女を背負って来るんですもん。それで現場に向かってみれば、異常な程に巨大なマンイーターが細かく切り刻まれた上に、見る影も無いほどに丸焦げになってるじゃ無いですか。あれ、貴女がやられたんですか? 一人で倒すには、相当の力量が必要な相手だったと思いますが、流石、第一師団の副隊長ですね」
「い、いえ。あれは……」
「とにかく。隊長はもうそう長くは無いので。沢山話しかけてあげてください。貴女と喧嘩されて、凹んでいらっしゃったので」

 そう言うと、マティスはさっさと天幕から出て行ってしまった。自分の隊の隊長が今際の際だと言うのに、随分淡白だな。いやマティスのことは今はどうでもいい。
 私は弾かれたようにユリウスに駆け寄り、顔を覗き込む。よかった。呼吸はまだ止まっていない。

「ゆ、ゆりうす……嘘、だよね? 死んじゃうなんて……」
「……」

 ユリウスは答えない。
 どうしよう、このまま……昔みたいに話すこともできないまま、終わっちゃうの?

「ユリウス、ユリウス、ごめん。私のせいでこんな……大怪我を負わせて……私、ユリウスの言ってた通りだった。隊長としての器が全然足りてなかった。身勝手な欲で敵に捕まって、ユリウスも、クルトも、怪我をさせて……」

 鼻の奥が熱くなり、ポロポロと生温かい液体が目から溢れて来る。聞こえてるのか分からないけど、こうして息をしてるユリウスに話ができるのも、最後かもしれないから。

「あのね、ユリウスのこと嫌いなんかじゃないから。本当は私、私――」

 ぴくり、と、ユリウスの手が動いた気がした。
 気が付いたのだろうか。
 ユリウスの大きな手を両手で握り、頬を寄せる。
 
「私、ユリウスと昔みたいに仲良くしたかった。つい、何かと言い返しちゃっていつも喧嘩みたいになっちゃってたけど……でも、あの頃みたいに、また一緒にいたい。いなくなっちゃ嫌だよ、ユリウス……」

 訓練学校時代、一緒に学校に残って訓練をした日々、いつも側で、嘆息しながらも私に相槌を打ってくれた優しい横顔、険悪な態度を取られながらも、しょっ中傷を負う私の手当てを丁寧に、的確に行ってくれる真剣な眼差し――
 気付けば私の人生にはずっとユリウスがいた。そんな彼がこの世からいなくなるだなんて、考えられない。
 彼のことを思い出すとますます涙腺が壊れて、嗚咽まで止まらなくなってきた。

「やだ、…っ、死なないで、ユリウス。ひっく…、しんじゃやだぁ……ッ」

 突然、腕に引力を覚えて、私は気付くとユリウスの首元に顔を埋めていた。背中に回される腕に、この体勢。ユリウスの夜色の髪が頬を掠め、くすぐったい。
 え? 私、ユリウスに抱き締められてる……?

「えっ、えっ……? ユリウス……? 意識が戻っ――」
「嗚呼もう。無理。限界。なんなのお前」
「え、いや……なんなのはこっちの台詞で……意識ははっきりしてるの? というか、動いて――喋って、大丈夫?」

 ユリウスに抱き締められた体勢のまま尋ねると、彼は一瞬黙った。代わりに、さらに腕へ力を込められる。

「ユリウス?」
「……こんな傷、なんてことない。この程度治せなかったら、ヴァルトレア王国王宮騎士団第二師団の団員なんて、名乗れないよ」
「え? じゃあ傷は……」
「もう塞がってる。血を失いすぎて気分は悪いけど」
「?? あれ、でもマティスさんが……あ、傷は塞がったけど、内臓に深刻なダメージが……?」
「いや完治してるよ」

 ずぴっ、と鼻水を啜る。
 一体何を言っているのだ。
 ユリウスは生死の境を彷徨っているのではなかったのか。
 
「……じゃあ、今にも息絶えそうだと言うのは……?」
「……マティスが勝手に言っていたことだよ」
「……」

 開いた口が塞がらない。
 
「じゃあ、じゃあ、今まで私が話してたこと全部聞いてた? 聞こえてた?」
「うん。聞いてた」

 みるみる己の顔面に血液が集まっていくのを感じる。
 そんな私の様子を見て、何故か瞠目して変な顔をしてるユリウス。

「怒るならマティスに怒れよ。起きようとしたらマティスがここに入ってきて、なんかおかしなことを話し出したから、今更起きるに起きれず……あっ、いてっ!? 殴るな馬鹿」
「殴るよ! 殴らせてよバカ! どれだけ心配したと――うぅ、でもよかったぁあ」

 片手を振り上げたまま、ユリウスの首元に顔を埋める。ユリウスの肩が一瞬跳ねたけど、そのまま私の頭を優しく撫でてくれた。
 よかった。ちゃんと生きてる。動いてる。このまま死んじゃわなくて、本当によかった……。
 
 顔を上げると、ユリウスと至近距離で視線が合った。
 よくよく考えたら、彼に頭を撫でられるのは初めてではないけれど、抱き締められるのも、こんな間近な距離で彼と見つめ合うのも初めてで。
 少し顔を動かせばキスできてしまいそうな距離にある、ユリウスの綺麗なお顔に面食らった。
 蜂蜜色の瞳には、紅潮した情けない私の顔面が映り込んでいる。
 あれ、ユリウスの顔が何かますます近く――

 
「フィオナ副隊長ー! 目覚められたそうで! お加減如何っすか!?」
「ぶっ!?」

 クルトが天幕の入り口に突如現れたかと思うと、ユリウスに片手で両頬を潰された。
 一体なにごと。

「あー、間に合わなかったか」
「ユリウス隊長元気そうですね」

 クルトの背後から現れたマティスとメリエッタが、何やら白んだ目でこちらを見ていたが、それどころじゃない。
 
 ……キス、されると思ったのだけど、この仕打ちは一体なんだ。何故この不細工面をユリウスに晒しているのか。

「フィオナ、」
「ふぁに」
「……マンイーターに止めを刺したのは俺だ。今回は俺の勝ちだな」
「ああ、うん。そだね。私はあいつにいいようにされてただけ――」
「……」
「……」

 先ほどまでの己の乱れに乱れた痴態を思い出して、頬にボッと熱が灯った。ユリウスもまた、釣られたように顔面をみるみる紅潮させた。
 真っ赤になって二人俯く私達を見て、訪問した三人もまた顔を見合わせた。

「クルトくん、この二人は放っておいて残処理にあたりましょう」
「そっすね。なんかお邪魔しちゃったみたいですし」
「放っておいたところで、何も変わらなさそうですが……」

 こうしてマンイーターの討伐は、主にユリウスの活躍によって完遂された。
感想 0

あなたにおすすめの小説

数年振りに再会した幼馴染のお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった日

プリオネ
恋愛
田舎町から上京したこの春、5歳年上の近所の幼馴染「さわ兄」と再会した新社会人の伊織。同じく昔一緒に遊んだ友達の家に遊びに行くため東京から千葉へ2人で移動する事になるが、その道中で今まで意識した事の無かったさわ兄の言動に初めて違和感を覚える。そしてその夜、ハプニングが起きて………。 春にぴったりの、さらっと読める短編ラブストーリー。※Rシーンは無いに等しいです※スマホがまだない時代設定です。

【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました

えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。 同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。 聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。 ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。 相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。 けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。 女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。 いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。 ――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。 彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。 元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果

景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。 ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。 「俺……ステラと離れたくない」 そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。 「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」 そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。 それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。 勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。 戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──? 誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

幼馴染みのアイツとようやく○○○をした、僕と私の夏の話

水鏡こうしき@4/13書籍配信開始
恋愛
クールなツンツン女子のあかねと真面目な眼鏡男子の亮汰は幼馴染み。 両思いにも関わらず、お互い片想いだと思い込んでいた二人が初めて互いの気持ちを知った、ある夏の日。 戸惑いながらも初めてその身を重ねた二人は夢中で何度も愛し合う。何度も、何度も、何度も── ※ムーンライトにも掲載しています

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

レンタル彼氏がヤンデレだった件について

名乃坂
恋愛
ネガティブ喪女な女の子がレンタル彼氏をレンタルしたら、相手がヤンデレ男子だったというヤンデレSSです。