花にひとひら、迷い虫

カモノハシ

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「えっと、あたしは天宮あまみや花音っていって……、律……くんとは、別になんの関係もないんだけど、事情があって、今日だけ案内してもらってて……」
「は? 意味わかんないんだけど」
 花音のしどろもどろな説明では、やはり理解してもらえなかった。わかってはいるのだが、これが事実なのだから、他に説明のしようもない。正面にいるポニーテールの生徒が目をつり上げて詰め寄ってくる。
「関係ないなら、なんで律くんが一緒なのよ!」
「だ、だからそれは、偶然会って……、ほ、ほら、律くんてやさしいでしょ? あたしもなんだかわからないけど、自分からやってくれるって……」
「……律くんが、自分から?」
 真ん中の子が、怪訝な顔をして周囲の人たちと視線を交わす。
「あんた、何言ってんの?」
「え?」
「律くんは誰とも関わんないわよ。複雑な家庭環境ってやつで、人間が嫌いなんだから。あんたが無理矢理つきあわせてるだけでしょ。無神経な女ね!」
 どん、と胸を突き飛ばされて、花音の中に小さく火種が灯った。
「……あたしは、ほんとのことしか言ってないよ。律は優しいから、あたしが困ってたのを見過ごせなかったんだと思う。あなたたちこそ、言ってることが無神経なんじゃない?」
「なっ……、なによ、えらそうに!」
「ね、ねえ、瑠璃るり!」
 隣の子が慌ててカッとなった女子生徒を肘でつついた。「こいつ、誰も知らないなんて、やっぱりおかしいよ。先生んとこ連れて行かない?」
(えっ!?)
 花音は内心ひやりとした。それは一番避けたかった事態だ。
「ちょ……、ちょっと待って! 先生に言うのはやめて! もう少しだけでいいから、ね!?」
 花音が焦ってそう頼むのを、瑠璃と呼ばれた子は鼻で笑った。
「ふうん。あんた、やっぱり部外者なんだ。ああそうだ、律くんがあんたを引き込んだことにしてやろうかな。そうすれば、律くんも少しは懲りるよね」
「えっ……」
 花音は血の気が引くのを感じた。
 瑠璃の意図がわからない。標的は自分ではないのか。
 けれど、律に濡れ衣を着せるなんてことは絶対にできない。職員室へ向かおうとする瑠璃に追いすがる。
「だ、だめだよ! なんで!? そんな、律に迷惑がかかるようなこと、どうして――!」
「何言ってんのよ。全部あんたのせいじゃない。ちょ……、離しなさいよ!」
 花音の手を払いのけようとして、瑠璃が勢いよく腕を振った。とっさに花音が手を離したため、バランスを崩した瑠璃が壁にぶつかる。「きゃあっ」と声をあげ、その場にうずくまった。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
「痛っ……、触んないで!」
「ちょっと、瑠璃に何するのよ!」
 完全に女子生徒達は頭に血が上ってしまった。もう収拾が付かない。
 壁に飾られた絵画の額縁にぶつけたのか、瑠璃の手の甲に血がにじんでいる。花音は彼女に近づこうとしたが、周囲がそれを許さなかった。
 ちらほらと通りすがる生徒達は、皆もめごとに関わるまいと、騒ぎになっている集団を避けるように歩いて行く。その中で、逆に近づいてくる人影があった。
「……なんの騒ぎ?」
 女子生徒達の数人がぎょっとした顔をした。その視線を追うと、そこには、帰りが遅くて探しに来たのだろう、律の姿があった。
「り、律くん……!」
 律は、中心にいる花音の姿を認めると、大体の事情を察したようだった。次に瑠璃に目をとめ、集団の中をまっすぐ彼女目指して進んでくる。
 小さく震えて身を引こうとした瑠璃の腕をつかむと、そのまま立ち上がらせる。
「り……、律?」
 花音は、おそるおそる声をかける。律の表情は変わらないように見える。けれど、怒りの気配が漂ってくる。
 律は花音の呼びかけには答えなかったが、かばうようにその前に立った。
「保健室に行く。他の人は、帰って」
「え、で、でも……」
 反論しようとした生徒を振り向き、律がねめつけるようにして言った。
「いいから、帰って。これ以上は、本気で許さないから」
「……っ」
 押し殺したような低い声に、花音を含め、全員がびくりとした。内に秘められた怒りはおそらく、花音が失言したときのそれとは比べものにはならない。
 自分に対するものではないのに、花音の心臓がきゅっと縮みあがる。一瞬だけ見た女子生徒達の顔は色を失っていて、きっと自分も同じ顔をしている、と思った。
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