真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第十章

どうしてと真夏が言う前に、芙蓉が声を出した。

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「俺には、一方的な命令をしているように聞こえたんでな」

 真夏が鼻先で笑うと、男が片目をすがめた。真夏と男の間に緊張が走る。

「ただの没落貴族になりはてた、奇妙な姫様を引き取り世話してやろうというのだ。ありがたく受けるのが当然だろう。柳原家の庇護が無けりゃあ、姫様どころか家人の貴様らも食い詰めて朽ち果てるしかなくなるからな」

「口が過ぎるぞ」

「過ぎるのは貴様のほうだ!」

 丸太のような腕が真夏に伸びる。朔の悲鳴を聞きながら、真夏は男の手首をつかむと体をひねり、彼を地面に叩きつけた。

「ぐぅっ」

 男が呻く。

「こいつ――っ!」

 真夏は、色めき立った男どもをにらみつけた。あきらかな多勢に無勢だが、これら全員を相手にしても、必ず朔を守ると総身に力をみなぎらせる。そんな真夏の腕に、そっと朔が触れた。

「姫」

 朔は小さく首を振り、地に伏した男の肩に手を添えた。

「大丈夫ですか」

「姫、その男は……」

「左大臣様のお使いで、私を迎えに来られた方です」

 言いかけた真夏の言葉を、朔の尖った声が遮る。たじろいだ真夏をにらむ朔の瞳は、ひどく悲しそうだった。

(どうして)

 なぜ朔は、こんな顔をしているのだろう。真夏は冷水を浴びせられたかのように、心を冷やした。

 朔は一度目を伏せて、真夏に背を向けた。真夏よりも小さな背中が、せいいっぱい自分の肩に圧し掛かっている人々の行く先を背負おうと、まっすぐに伸びている。

「お迎え、ご苦労様です。すぐに出立をする、ということでよろしいのですね」

 真夏は息を呑み、衝撃のあまり身動きを忘れた。

(姫は迎えを受け入れた)

 どうしてと真夏が言う前に、芙蓉が声を出した。

「姫様。いかがなさるおつもりです」

「いかがも何も。保護をしてくださるというのなら、ありがたくお受けするまでよ」

 そう言ってのけた朔は、迎えの男たちに向かって居丈高に言い放った。

「別荘に残る者、すべて丁重に扱いなさい。下男にいたるまで、すべて。でなければ、私は承諾いたしません。あなた方は主の元へ私を連れて行かなければならないのでしょう? 道中、何事かあるようでしたら、竹取の姫のように私は姿をくらまします。いいですね」

「姫様」
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