真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第十三章

「薄情なものでございますね」

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 きらびやかな衣装を身にまとった姫たちが御簾の奥でさざめき、寿ぎのために訪れた美々しい公達の姿に、うっとりとした吐息を漏らしている。

 その中で、朔はひとり陰鬱の息を吐いていた。

 帝と柳原家の姫との間に誕生した皇子を祝う宴に参列するよう、朔は柳原公忠に命じられ、この場に座っていた。彼が用意をした趣味の良い、けれど少々派手すぎるきらいのある衣装をまとう朔は、御簾の向こうにさんざめく、きらびやかな空気に嫌悪を浮かべる。

 皇子の誕生を恨んでいるわけではない。子どもは天よりの授かりもの。それが帝の御子となれば、めでたいことこの上ない。けれども、その皇子の誕生により公忠は絶大な権力を手に入れ、朔の父は失脚させられた。なおかつこの宴の席で、公忠は三男の道章と朔の婚儀を執り行うつもりであると、発表をするのだ。憂鬱になるなといわれても、無理な相談だった。

 芙蓉が気遣わしげに、朔の傍に控えている。帝が皇子を抱いて現れ、次々に祝いの言葉が述べられ、贈り物が差し出されていく。酒や菓子が振る舞われ、若い公達が舞いを披露し、御簾奥の姫たちは胸をときめかせる。

 こういう宴の場は、恋の道筋を作る場でもある。かつては朔の座る御簾に、そっと文が届けられたり声がかかったりしたものだが、今はそういう気配すら無かった。

 それは、朔にとってはありがたいものでもあり、苦々しいものでもあった。父の失脚により、自分に興味を持っていた公達らは、柳原家の威光に遠慮をしている。あるいは、父に位があったから朔に興味を持っていた、ということが思い知らされた。

「薄情なものでございますね」

 朔の気持ちを代弁するように、皮肉めいた笑みを唇に乗せた芙蓉がつぶやいた。

「父を慕ってくれている方々が、父や兄を助けてくれているはずよ」

 表立っては出来ないだけでと、祈るように言葉を口内で転がす。失脚したのは父だけで、兄はそのままだと聞いている。けれど柳原家が政権に君臨している間は、出世は見込めないだろう。

(出世をしなくても、平穏に暮らせるのなら幸せだわ)
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