真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

文字の大きさ
76 / 82
第十三章

(きっと、私に愛想をつかしてしまったんだわ)

しおりを挟む
 別荘での暮らしを思い起こしながら、朔は本気でそう思っていた。高級な着物も、贅沢な食事も、窮屈な暮らしの中でしか得られないのならば、そんなものは必要ない。のびのびと過ごした日々と、今の軟禁状態の暮らしとを比べ、ひしひしとそう感じていた。

(真夏は、本当にどこで何をしているのかしら)

 父や兄、姉への文は遠慮なく出せばいいと言われ、文を託し届ける役は、朔と共に柳原邸に来た者に託す事をゆるされた。その文に真夏の事を書いてみようかとも思ったが、久我家の者が人探しをしているとウワサになれば、迷惑をかける事になるだろうと控えた。

 彼の苗字を聞かなかったことを、朔はくやんだ。どこの家の者かがわかれば、文を託した者に頼み、その流れをたどり行方を探すこともできただろう。

(いいえ。今の私では、それすらも叶わないわね)

 何をするにもすべて、公忠の意見を仰がなければならない。庭を散策するのでさえ、自由にさせてはもらえない。人を探すなど、許されるはずは無い。知られたら、どんな事になるかわかったものではない。

 けれどせめて苗字を知っていたのなら、いつか何かの折に連絡を取れるかもしれない。風のウワサで、どこそこの屋敷に雇われたという話を耳にして、所在を知ることができるかもしれない。

(きっと、私に愛想をつかしてしまったんだわ)

 朔は近頃、そう思うようになっていた。だから真夏は姿を消したのだ。自分のあの言葉が、彼を傷つけたに違いない。芙蓉や真夏だけでなく、別荘で朔の世話をしていた者たち全員を路頭に迷わせない方法として、柳原家の半ば強制的な保護の申し出に従った。

 それが、間違いだったのだろうか。

(お姉様たちも、こんな気持ちだったのかしら)

 心を通わせていた相手と引き裂かれ、父の出世のための婚姻をした。それが世の常とはいえ、なんとむごいことかと、あの時よりもずっと強く、実感を伴って父の仕儀を思う。

(私だけが、逃れるわけにはいかない)

 父の武器となる姫は、もう自分しか残っていない。そう幾度も言い聞かせ、この宴で公忠が発表をする婚姻の話を受け入れなければと、朔は衣を強くにぎりしめた。なのに真夏の姿がちらついて、決心を固めさせてはくれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...