まよいが

水戸けい

文字の大きさ
15 / 21
江田元子

(どうしよう。どうすればいい――?)

しおりを挟む
 その意識の違いが、彼女たちに「スキがない」と見られているんだと、元子はざわついていた気持ちをなだめた。

 けれど、ささくれに似た不快は残る。

(しかたないよね)

 会話をしていないのだから、理由がわかるわけはない。考えて想像して、きっとそうだと落としどころを見つければ納得になるけれど、彼女たちはそれをしていないから元子を苦手と判断したのだ。

(もともとは私が勝手に彼女たちを不真面目だって思って、嫌な顔したのが悪いんだし)

 先に不快を示した相手に、好感を持つのは難しい。だから自分が悪いのだと元子は結論づけて、さみしくなった。

「どうして私って、こうなのかなぁ」

 反省をするくせに、だからこうしようと行動に移せない。そういうところがよくないのだとわかっていても、どうすればいいのかわからない。仲良くしたいわけではないが、気まずい関係ではいたくない。煙たがられたくはない。

(こういう部分を、八方美人って言われたのかも)

 後輩たちの評価はあながち間違いではないと、元子の心は沈んでいく。

(ああ、だめだめ!)

 せっかくおいしいお茶と饅頭をいただいたのに、落ち込んでどうするのだと元子は立ち上がった。

「切り替え、切り替え」

 じっとしているから妙な考えをするのだと、元子は見事な庭園を散歩することにした。

 草履をつっかけ、庭に降りる。

 首を巡らせて低い庭木や大きな岩に囲われた池、ちいさな滝を目の中に焼きつけながら、雲の上を歩くような足取りでふわふわと土を踏む。低い庭木は行儀よく並んでいて、自分だけはと飛び出している枝がない。ちらほらとある花の影に近づいて、草の匂いに交じった甘い花蜜の香りを味わう。体を反転させて池に近づき、悠々と泳いでいる鯉の背中に目を細め、とめどなく池に注ぐ滝の水に吐息を漏らした。

(なんて、きちんとしているんだろう)

 庭にあるすべてのものが調和している。水の一滴、草の一本すらも必要不可欠な要素となって、庭の景色を構成している。

 心地がよくて、元子は池を囲う岩に腰かけ、おだやかな気分で陽光に包まれた。

 熱くもなく寒くもない。ふんわりと包んでくる空気はやさしく、風はなかった。耳に当たるのは滝の音のみ。鯉もひっそりとして水面をたたかない。

 静穏な空間に元子の心が凪いだ。

 すべてが些末な出来事に思えてくる。

(このままずっと、こうしていたいなぁ)

 庭の一部として溶け込んでしまいたい。このままずっと、こうしていたい。そう望んだ元子の耳に足音が届いた。

 瞼を持ち上げた元子の目に、柔和な笑みをたたえた青年が映る。和装の彼は背後の建物とマッチしていて、この場にいなくてはならない存在と感じた。

(いいな)

 ふいに浮かんだ感想に、元子はおどろく。

(いいなって……なんで私、うらやんでいるんだろう)

 着物が着たいわけでも、個人でお店をしたいわけでもない。ただ単純に、彼がとてもうらやましくなったのだ。けれどその理由がわからない。

 近づいてくる青年をいくらながめても、気持ちの発端は見つからない。そうしているうちに青年は元子の目の前に立った。

「すこし、散策をしませんか」

「え」

「ご案内いたします」

 威圧的ではないのに、あらがいがたい硬質な雰囲気があった。返事を待たずに庭の奥に進む青年の後に、元子は続く。池を行きすぎ、低い庭木の奥に入ると小道があった。そこから先は森だと思っていた元子は、意外な道におどろきながらも心をはずませ、けれど青年の背中に不安を向けた。

(どうしてなにも言わないんだろう)

 庭の紹介をしたいのなら、なにがしかの説明をするはずだ。けれど彼はなにも言わない。

(もしかしてナンパ……な、わけないし)

 いったいなにを考えているのかと、元子は青年の背中を一心に見つめ続けた。木陰の落ちる道をただ無言で通り過ぎ、庭に戻った元子の胸には大きな疑念の塊ができていた。

 振り向いた青年が「どうでしたか」とほほえんだ。

「え」

「あの道から、庭の全体がながめられたでしょう」

「えっ、ああ」

 そういえばゆるやかな坂道になっていたと、元子はあわてて愛想のいい笑顔を作った。

「すごく、キレイでした」

 すると青年はゆるゆると頭を振って、笑顔のまま悲しげに眉尻を下げた。

「うそは、いけませんよ」

「え」

「ずっと私の背中を見ていらっしゃったでしょう? そして考え事をなさっていた」

 おだやかな声に避難の色は見えない。けれど叱られた気がして、元子は首をすくめた。

「えっと……あの、すみません」

「どうして、あやまるのですか」

「その……せっかく案内をしてくれたのに、なにも見ていなくて」

 ふうむと言いたげに、青年は口元に右手を当てた。

「私が説明をしなかったから、とは思われないのですか」

「いえ、ええと、あの」

 なにをどう言えば彼を不快にさせずに済むだろうと、元子は必死に思考をめぐらせる。どこまでも透明でやわらかな彼の視線は晴れた春空に似て、どこまでも高く広くやさしい輝きを浮かべている。だからこそ曇らせてはいけないと、元子は心を砕いて“正解”を探した。

「思ったままを、言ってください」

「ご、ごめんなさい」

 青年は笑顔のまま小首をかしげた。元子の胸が緊張と不安に硬くなり、鼓動が激しく大きくなる。

「えっと……その、あの……私」

(どうしよう。どうすればいい――?)

 グルグルと不安をかき混ぜ言葉を探す元子に、青年はクスリと鼻を鳴らした。

「私は屋敷に戻りますので、どうぞお好きにお過ごしください。お邪魔して、申し訳ありません」

「いえ、邪魔だなんてそんな――」

「では」

 元子の言葉を遮って、青年は静かな足取りで建物の中に吸い込まれた。肩や背中に不快や怒りは見受けられない。

(客商売だもんね。このくらいで機嫌を悪くしたりなんて、しないよね)

 自分をなぐさめながら、元子はさきほど案内された道を振り返った。

(せっかく案内してくれたんだし、きちんと景色を見ながら歩こう)

 そう決めた元子は庭の奥に進み、木漏れ日にうもれた道からの風景を確かめながら歩いた。

 そよとも風のない道に、木漏れ日の光がまるい模様となって落ちている。見上げると木の葉の重なりの薄い部分が、ぼんやりと緑の光をにじませていた。空は青く葉が緑だとわかっているのに、光は白黄金で天は緑と錯覚してしまうほどだ。道の半ばまで進んだ元子は、庭へと視線を転じた。

 なるほど青年の言う通り、庭どころか建物までもが一望できる。それほど高く坂を上った感じはないが、ゆるやかなので気がつかなかっただけだろう。かといって、建物の向こう側――表玄関の先まで見えるわけではない。

(思ったより、ちいさい)

 厨房と客室とお手洗いと……と、元子は建物内の配置を考えてみる。玄関が広かったから、もっとずっと大きな建物だと思っていた。裏庭のほうが建物よりも面積が広いのではないか。

「なんか、意外」

 客室の広さから考えると、ふた部屋ほどしかないのではないか。それともいちばん大きな客室に通されただけで、ほかの部屋はもっとこぢんまりとしているのか。

 不思議な店だなぁと、元子は庭と建物をながめる。そしてなんの店だったっけと頬に指をあてた。

(お茶とお饅頭をいただいて、とってもおいしくて……庭を散策して、ええと……庭園が自慢の観光地じゃなくて、お店のはずだよね)

 思い出そうとすると頭の芯が酒酔いに似た揺れをはじめて、元子は眉をひそめた。ぐわぁんと脳みそが揺れる。目頭を押さえてよろめいて、浅くなった呼吸を整えるとすぐに気分は回復した。

(ああ、そうだ。季節の料理を味わえる、隠れ家的古民家カフェだ)

 無料で駅前などに置かれているシティ誌をなにげなく手に取って、暇つぶしに読んでいたら載っていた。興味を惹かれて電話をかけて、予約をしたんだったと元子は疑問の解答を腹の底に落とす。

(こういう雰囲気のお店って、けっこう好きだし)

 パステルカラーのかわいい店や、洋風のオシャレなカフェも嫌いじゃないが、元子の好みにぴったり合うのは、こういう日本的な落ち着きのあるたたずまいの店だった。

 てくてく庭へと歩きながら、誰か誘えばよかったかなと考えてみるも、こういう店が好きそうな友人は思い当たらない。

(面白がってはくれるかもだけど、好きかどうかってなると微妙だな)

 だから自分はひとりで来たのだったと、出不精なのに予約までして訪れた己の珍しい行動に納得する。

 縁側に戻って腰かけて、ぼんやりと庭をながめていると「失礼します」と青年が食事を運んできた。山菜の和え物とお吸い物、川魚を焼いたものにご飯が並ぶ。華やかではないけれど、なつかしくも風情のあるものたちに元子は目を細めた。

「おいしそう」

 座椅子に腰を落ち着けて手を合わせた元子は、箸を取って食事をたのしんだ。その間、青年は部屋の隅に落ち着いている。

「あの」

「はい」

「どうしてそこに」

 元子の質問に、青年は笑顔でお櫃を示した。

「自分でできますから」

「これが仕事なので、遠慮なさらずに」

 遠慮をしているのではなく、そうして見守られているのが居心地悪い。けれど仕事と言われれば、そうとも言えずに元子は口をつぐんだ。湯呑に手を伸ばして、緊張を飲み下す。すると青年は膝で近づき、茶を注いでくれた。

「ありがとうございます」

「いえ」

 そしてまた、するすると膝で下がって定位置らしい場所に戻った。

(ありがたいけど、落ち着かないなぁ)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...