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第三章 決闘
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招かれざる客が、木の香り漂う真新しい領主屋敷の応接室で、ふんぞりかえっている。その横の控えの間で、烏有、蕪雑、剛袁、袁燕、玄晶の5人は、顔を突き合わせていた。
「ありゃあ、間違いなく寧叡だな」
蕪雑が腕組みをしてうなる。
「どうして彼が、甲柄からの使者なのでしょうか。かなり前に失脚し、それからは中途半端な地位であり続けているはずです。とてものこと、交渉の使者に立てるような人物ではないと思うのですが」
剛袁が顔をしかめると、袁燕はよくわからないという顔をした。
「あいつ、いっつも俺っちたちのこと、平民ふぜいがとか、なんだとかって言って、バカにしてたくせに、兄さんが豪族の屋敷で働きはじめたとたん、俺っちら家族にだけは、急に仲間だとか言い出したんだ。そんなに偉い奴じゃないぞ」
「なるほどなるほど」
クスクスと楽しげに、玄晶が応接室の扉へ目を向ける。
「なにが面白ぇんだ?」
妙な顔をする蕪雑に、烏有が説明をした。
「玄晶は、甲柄と寧叡の思惑がわかったんですよ」
「烏有も、わかってんのか」
「剛袁も察しているんじゃないかな」
烏有に水をむけられて、剛袁は嘆息した。
「おそらく甲柄の上層は、それほど我等を重要視してはいないのでしょう。しかし、中層、あるいは下層あたりが、しめしがつかないとでも、さわいだのではありませんか」
「そうだろうねぇ。逃げた罪人を引き渡せ、と言っているわりには、彼の手勢にやる気は見えない。というか、こちらの兵を見て、やる気が失せた、というところかな」
玄晶は現状が愉快でならないらしい。人の悪い笑みを浮かべ続けている。
「兵って言っても、俺っちたちのは玄晶がとりあえず集めた傭兵だろう? 国がどうのとかいうのには、関係ないぞ」
「傭兵だからこそ、ですよ」
烏有がめんどうくさそうに、息を吐いた。
「相手の手勢はこちらの兵が一時的に雇われた者だと知った。つまり、明江には明確な軍事力が備わっていないんです。ということは、これから募集をかけるだろうと、予測ができる。流れてきた農夫や工夫などを、広く受け入れている新興国だからこそ、それなりの技量や素性を持っている自分たちが、正規の警兵官として雇われる可能性は高い、と考えたのだと思うよ」
「やる気になっているのは、応接室のイスの上で、ふんぞり返っている彼だけ、というわけだ。まったくかわいそうな人だよね。自分がどれほど滑稽で憐れな道化か、わかっていないのだから」
ククク、と玄晶が喉を鳴らす。
「玄晶。どうするつもりなんだ」
「どうするもこうするも。このまま、応接室に閉じ込めておくわけにも、いかないからね。話し合いをして、納得をしてくれなければ、それなりの対応をするしかないだろう」
「それなりというと、買収か、甲柄の領主へ直接の交渉、というところでしょうか」
「剛袁。甲柄の領主は先を見越しているはずだよ。申し出は却下され、罪人は戻って来ない、とね。そういう取り決めをしておいたからな。もしも募集をかけて集まった人々が、仕事を終えても戻りたくないと言い出せば、そのまま貰い受けるとね。国を造ると言っても、民がいなければはじまらない。それを向こうは重々理解していたよ。そのために放棄される畑のことなどを考慮した謝礼を、先に支払ってもいる。安くはなかったけれど、穏便に進めたかったからね」
「それなのに、文句を言ってきたアイツ等が悪いってぇわけか。俺等が牢破りをした奴等だと知れたからだな。迷惑をかけて、すまねぇ」
蕪雑が頭を下げる。玄晶は笑いを堪えながら、彼の肩に手を乗せた。
「実直な男だねぇ、蕪雑は。だからこそ烏有は、夢を託そうと考えついたのだろうが」
「玄晶。いつまでも状況を楽しんでいないで、どうにかしてくれないか」
「そうだな。いつまでもここで、話し合いをしていても仕方がないし。これは烏有や剛袁の勉強にもなる事案だからね。ふたりも一緒に、応接室へ来てもらうよ。もちろん、蕪雑もだ」
「俺っちは?」
「袁燕は、蕪雑のように、自分たちのせいで物騒な連中がやってきたんじゃないかと、気にしている者たちを、大丈夫だと安心させてきてほしい。私はそれを承知の上で、包み隠さず甲柄の領主と交渉をしたのだから、あれこれと難癖をつけられるいわれはないとね。証文もきちんととってあるから、追い出されるのは彼等のほうだよ。まあ、多少、手荒で物騒なことにはなるかもしれないが、そのときはそのときだ。いつも通りに過ごしておいてくれと、触れ回ってくれ」
「わかった」
「それじゃあ、行こうか」
玄晶が先に立ち、応接室への扉に手をかけようとするのを、剛袁が制した。
「誰が最高権力者なのかを、ああいう男には示す必要がありますから。入室の順番にも、気を配っておくほうがいいでしょう」
玄晶は感心し、眉を上げる。
「どういうことだ?」
蕪雑の問いに、剛袁は強い目で確認をするように、それぞれの顔を見た。
「扉は、俺が開けます。俺たちの間に上下関係はなくとも、寧叡にはそれを感じさせなくてはなりません。ここを管理、運営している支配者がいると思わせておくほうが、話は進めやすくなりますから。そして、この場でその役ができるのは、岐からやってきた官僚の一族という肩書きを持つ、玄晶だけです」
「計画を持ちかけ、実行に移したのが誰であろうと、表向きの代表者は、玄晶ですからね。それがいいでしょう。あくまでも僕たちは、領主という地位を手に入れたい玄晶の呼びかけに応じた、という態度でいるのが得策だろうね」
蕪雑が首をかしげる。
「けどよぉ。そんなら俺ぁ、どうやって玄晶と知り合ったってぇ突っ込まれたら、どうすりゃいいんだ」
「それは僕が、ツナギになったと言えばいいんだよ」
「ツナギ?」
「岐の楽士であった僕は、いずれ玄晶がどこかの領主となるために、各地の情報を集めてくるようにと命じられた。そして僕が、どこの府も人々があふれ、外に属村を作っていると報告をした。それならいっそ、自分の理想の府を作り、そこの領主になろうと玄晶は計画し、豪族となれそうな人材を求めた。そんなときに、罪ともいえない罪に問われて逃げ出した人々を、うまくまとめて集落を作っている蕪雑と僕が出会い、この男ならと玄晶に連絡をし、計画実行となった」
「えっ。そうだったのか」
「違うよ、蕪雑。そういうことにしておこうと、僕は言っているんだ。対外的には、それが一番、納得されやすいだろうからね。――楽士の夢を叶えるために、官僚として働いていた玄晶が力を貸している、なんて信じられるはずもないだろう」
「そうかぁ? 兄弟同然で育ったんだろ。だったら、そういうことだってアリなんじゃねぇのか」
「ああ、蕪雑」
玄晶が好ましそうに目を細める。
「烏有が惚れ込む理由が、付き合うごとに身に沁みてくるね。そういう蕪雑だからこそ、剛袁も袁燕も、ほかの人々も惹かれて集まってくるんだろう。さあ、蕪雑。そういうことにしておいて、応接室に入ったら謙虚な姿勢で、私を立ててもらうよ」
「って言われてもよぉ。どうすりゃいいのか、わかんねぇよ」
困り顔の蕪雑をなだめるように、烏有がやわらかく語りかける。
「玄晶の座る椅子の背後の壁ぎわに、黙って姿勢正しく立っていればいいだけだよ。口を挟まず、ただ、静かにね。わからなかったら、僕や剛袁の真似をしていればいいから」
うへぇ、と蕪雑は唇をひん曲げた。
「そういうの、苦手なんだよなぁ」
「苦手でもなんでも、してもらわないとね。仲間を守るためだよ。さあ、3人とも。しっかりと私をうやまってくれよ」
ウキウキとする玄晶に渋面になりつつも、剛袁は慣れた手つきで扉を開けた。
「ありゃあ、間違いなく寧叡だな」
蕪雑が腕組みをしてうなる。
「どうして彼が、甲柄からの使者なのでしょうか。かなり前に失脚し、それからは中途半端な地位であり続けているはずです。とてものこと、交渉の使者に立てるような人物ではないと思うのですが」
剛袁が顔をしかめると、袁燕はよくわからないという顔をした。
「あいつ、いっつも俺っちたちのこと、平民ふぜいがとか、なんだとかって言って、バカにしてたくせに、兄さんが豪族の屋敷で働きはじめたとたん、俺っちら家族にだけは、急に仲間だとか言い出したんだ。そんなに偉い奴じゃないぞ」
「なるほどなるほど」
クスクスと楽しげに、玄晶が応接室の扉へ目を向ける。
「なにが面白ぇんだ?」
妙な顔をする蕪雑に、烏有が説明をした。
「玄晶は、甲柄と寧叡の思惑がわかったんですよ」
「烏有も、わかってんのか」
「剛袁も察しているんじゃないかな」
烏有に水をむけられて、剛袁は嘆息した。
「おそらく甲柄の上層は、それほど我等を重要視してはいないのでしょう。しかし、中層、あるいは下層あたりが、しめしがつかないとでも、さわいだのではありませんか」
「そうだろうねぇ。逃げた罪人を引き渡せ、と言っているわりには、彼の手勢にやる気は見えない。というか、こちらの兵を見て、やる気が失せた、というところかな」
玄晶は現状が愉快でならないらしい。人の悪い笑みを浮かべ続けている。
「兵って言っても、俺っちたちのは玄晶がとりあえず集めた傭兵だろう? 国がどうのとかいうのには、関係ないぞ」
「傭兵だからこそ、ですよ」
烏有がめんどうくさそうに、息を吐いた。
「相手の手勢はこちらの兵が一時的に雇われた者だと知った。つまり、明江には明確な軍事力が備わっていないんです。ということは、これから募集をかけるだろうと、予測ができる。流れてきた農夫や工夫などを、広く受け入れている新興国だからこそ、それなりの技量や素性を持っている自分たちが、正規の警兵官として雇われる可能性は高い、と考えたのだと思うよ」
「やる気になっているのは、応接室のイスの上で、ふんぞり返っている彼だけ、というわけだ。まったくかわいそうな人だよね。自分がどれほど滑稽で憐れな道化か、わかっていないのだから」
ククク、と玄晶が喉を鳴らす。
「玄晶。どうするつもりなんだ」
「どうするもこうするも。このまま、応接室に閉じ込めておくわけにも、いかないからね。話し合いをして、納得をしてくれなければ、それなりの対応をするしかないだろう」
「それなりというと、買収か、甲柄の領主へ直接の交渉、というところでしょうか」
「剛袁。甲柄の領主は先を見越しているはずだよ。申し出は却下され、罪人は戻って来ない、とね。そういう取り決めをしておいたからな。もしも募集をかけて集まった人々が、仕事を終えても戻りたくないと言い出せば、そのまま貰い受けるとね。国を造ると言っても、民がいなければはじまらない。それを向こうは重々理解していたよ。そのために放棄される畑のことなどを考慮した謝礼を、先に支払ってもいる。安くはなかったけれど、穏便に進めたかったからね」
「それなのに、文句を言ってきたアイツ等が悪いってぇわけか。俺等が牢破りをした奴等だと知れたからだな。迷惑をかけて、すまねぇ」
蕪雑が頭を下げる。玄晶は笑いを堪えながら、彼の肩に手を乗せた。
「実直な男だねぇ、蕪雑は。だからこそ烏有は、夢を託そうと考えついたのだろうが」
「玄晶。いつまでも状況を楽しんでいないで、どうにかしてくれないか」
「そうだな。いつまでもここで、話し合いをしていても仕方がないし。これは烏有や剛袁の勉強にもなる事案だからね。ふたりも一緒に、応接室へ来てもらうよ。もちろん、蕪雑もだ」
「俺っちは?」
「袁燕は、蕪雑のように、自分たちのせいで物騒な連中がやってきたんじゃないかと、気にしている者たちを、大丈夫だと安心させてきてほしい。私はそれを承知の上で、包み隠さず甲柄の領主と交渉をしたのだから、あれこれと難癖をつけられるいわれはないとね。証文もきちんととってあるから、追い出されるのは彼等のほうだよ。まあ、多少、手荒で物騒なことにはなるかもしれないが、そのときはそのときだ。いつも通りに過ごしておいてくれと、触れ回ってくれ」
「わかった」
「それじゃあ、行こうか」
玄晶が先に立ち、応接室への扉に手をかけようとするのを、剛袁が制した。
「誰が最高権力者なのかを、ああいう男には示す必要がありますから。入室の順番にも、気を配っておくほうがいいでしょう」
玄晶は感心し、眉を上げる。
「どういうことだ?」
蕪雑の問いに、剛袁は強い目で確認をするように、それぞれの顔を見た。
「扉は、俺が開けます。俺たちの間に上下関係はなくとも、寧叡にはそれを感じさせなくてはなりません。ここを管理、運営している支配者がいると思わせておくほうが、話は進めやすくなりますから。そして、この場でその役ができるのは、岐からやってきた官僚の一族という肩書きを持つ、玄晶だけです」
「計画を持ちかけ、実行に移したのが誰であろうと、表向きの代表者は、玄晶ですからね。それがいいでしょう。あくまでも僕たちは、領主という地位を手に入れたい玄晶の呼びかけに応じた、という態度でいるのが得策だろうね」
蕪雑が首をかしげる。
「けどよぉ。そんなら俺ぁ、どうやって玄晶と知り合ったってぇ突っ込まれたら、どうすりゃいいんだ」
「それは僕が、ツナギになったと言えばいいんだよ」
「ツナギ?」
「岐の楽士であった僕は、いずれ玄晶がどこかの領主となるために、各地の情報を集めてくるようにと命じられた。そして僕が、どこの府も人々があふれ、外に属村を作っていると報告をした。それならいっそ、自分の理想の府を作り、そこの領主になろうと玄晶は計画し、豪族となれそうな人材を求めた。そんなときに、罪ともいえない罪に問われて逃げ出した人々を、うまくまとめて集落を作っている蕪雑と僕が出会い、この男ならと玄晶に連絡をし、計画実行となった」
「えっ。そうだったのか」
「違うよ、蕪雑。そういうことにしておこうと、僕は言っているんだ。対外的には、それが一番、納得されやすいだろうからね。――楽士の夢を叶えるために、官僚として働いていた玄晶が力を貸している、なんて信じられるはずもないだろう」
「そうかぁ? 兄弟同然で育ったんだろ。だったら、そういうことだってアリなんじゃねぇのか」
「ああ、蕪雑」
玄晶が好ましそうに目を細める。
「烏有が惚れ込む理由が、付き合うごとに身に沁みてくるね。そういう蕪雑だからこそ、剛袁も袁燕も、ほかの人々も惹かれて集まってくるんだろう。さあ、蕪雑。そういうことにしておいて、応接室に入ったら謙虚な姿勢で、私を立ててもらうよ」
「って言われてもよぉ。どうすりゃいいのか、わかんねぇよ」
困り顔の蕪雑をなだめるように、烏有がやわらかく語りかける。
「玄晶の座る椅子の背後の壁ぎわに、黙って姿勢正しく立っていればいいだけだよ。口を挟まず、ただ、静かにね。わからなかったら、僕や剛袁の真似をしていればいいから」
うへぇ、と蕪雑は唇をひん曲げた。
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