凪の潮騒

水戸けい

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 漁村の暮らしを守ることが出来ると、宗也は強い目をした。生気の感じられなかった宗也が、はっきりとした輪郭のある人間として私の目の前にいる。

「だから、三度目の折に確かめた。本物の伊佐姫であるのならば、すぐに連れ帰り婚儀を済ませ、この問題を解決しようと――」

「それで、あんなに強引に……」

 父様が士分ではないのかと問い、形見の品を確認しようとしたのか。

「伊佐姫。俺を、婿としろ。今すぐにここに誓い、すぐさま婚儀を行い、早急に手を打たねばならん。時間が経てば、断り辛くなるだろう。あなどられる可能性もある」

 宗也が膝を進めてきた。にじりよる真摯な目に捕らえられたまま、懸命に頭をめぐらせる。――漁村は守りたい。そのために私は正統な後継者だと自分を認めて、伊駒家のものとして生きていかなければいけない。けれど、私には武家としての知識も教養も無い。そんな漁村育ちの女を、誰もが認めて受け入れるだろうか。それほどに、血統というものは大切なものなのか。

「伊佐姫」

 手を握られた。顔が重なるほどに近く、宗也が身を寄せてくる。私が跡を継ぐことを承諾し、知識と教養を教え込まれた宗也を夫として発言権を――決定権を持たせれば、漁村を守ることが出来る。……にわかには信用できないが、奥村の爺様や宗也が嘘を言っているようには見えない。自分が本当に伊駒家の血を引くかどうかの疑いは、父様が村のものに呼びかけられていた名と、あの形見の小刀が意識から拭おうとしている。

 宗也を夫とすれば、村のものたちに報いることが出来る。

 それは、父様と私を守ってくれていた村に対してできる、最大限の返礼となるはずだ。港が出来ればどうなるか、それを私は爺様から聞いて認識し、宗也もまた漁村の生活を危ぶんでいる。救済措置をと言ったとしても、潮の流れを変えた海が今まで通りでいるわけが無い。釣果が無ければ村は飢える。別の場所で生きて行けと言われても、どこでどう生きて行けというのか。何を迷う必要がある――――。

「家に……」

 跡を継いで宗也を夫とすると、そう言ってしまえばいいだけなのに、私は違う事を口走っていた。

「取引をしていた男が、私が帰らぬことを気にしているかもしれない。だから、今夜だけでも帰してくれないか」

 幸正に会えなくなることが、この場で受け入れることを躊躇わせていた。

「明日の昼を過ぎれば、必ず戻り跡を継ぐことを――宗也を夫とすることを、約束する」

 最後に、きちんと別れを告げたかった。このまま幸正がどうしているのかを気にしながらでは、心が定まらない。
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