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ゆらゆらとした心地の良いまどろみから、ゆっくりと浮上した意識が瞼を押し上げて、最初に目にしたのは幸せそうな幸正の笑みだった。ぼんやりとした頭のまま、これはまだ夢の続きなのだろうかと考える。
「おはよう、伊佐」
「――ああ」
状況が把握しきれてないまま言えば、強く抱きしめられた。幸正の香りが肺を満たし、体中に広がっていく。再び瞼を下しかけて、はっと我に返った。
「っ! 幸正、どうして――」
体を起して、互いに裸身であることに気付き、床に広がっているものが上等な衣であることを見止めて、先ほどのことは夢では無かったのだと知った。――あれは、現実だった。
耳に、幸正の想いを乗せた言葉が――愛してるという声が蘇り、顔中が熱くなった。ゆっくりと身を起した幸正が、壊れ物を扱うように私を両腕で包む。
「伊佐――」
吐息と共に、名を呼ばれた。そのまま全てを傾けてしまいそうになり、なんとか堪えて両腕で幸正の胸を押しのけた。
「どうして――」
問いは、いくつもある。けれど――だから、どれから口にしていいのかわからず、どれも口にしてはいけないような気にもなり、そこから先が続かない。悲しげに眉を下げた幸正が、子どもをあやすように私の髪を撫でた。大きな手のひらが、乱れる心を沈めてくれる。
「伊佐が、本当の伊駒家の当主だってことは、知らなかった。ただ単に、良い食材を手に入れてくるようにと、この漁村に行くように言われたんだ。宗也様が朝餉にも鮮魚が欲しいと仰られているからってな。――だから、伊佐に声をかけたのは、命令があって、伊佐が何者かを知ってしたことじゃねぇ。それだけは、信じてくれ」
滲むような労わりに、悲しげな顔に、頷く。
「じゃあ、いつ――私がそうだと知ったんだ」
声は、掠れて弱々しかった。
「伊佐を待っている時に、もうアンタはここには戻らねぇって――本来の居るべき場所に帰ったんだって、奥村様の直属の男が言いに来た。それはどこだと聞いたら、伊佐は伊駒家の正当な血筋の、唯一の人間だと……言われた」
まっすぐに、訴えるように見つめてくる幸正の声は、とても静かで深い。
「ああ、そうですか――なんて、簡単に言える事じゃあねぇだろう――? 信じられるはずもねぇ。そうしたら、俺が仕入れを終えて戻れば、なんで伊佐のことをそれとなく聞かれているのかと、疑問に思ったことは無いかと言われた」
「おはよう、伊佐」
「――ああ」
状況が把握しきれてないまま言えば、強く抱きしめられた。幸正の香りが肺を満たし、体中に広がっていく。再び瞼を下しかけて、はっと我に返った。
「っ! 幸正、どうして――」
体を起して、互いに裸身であることに気付き、床に広がっているものが上等な衣であることを見止めて、先ほどのことは夢では無かったのだと知った。――あれは、現実だった。
耳に、幸正の想いを乗せた言葉が――愛してるという声が蘇り、顔中が熱くなった。ゆっくりと身を起した幸正が、壊れ物を扱うように私を両腕で包む。
「伊佐――」
吐息と共に、名を呼ばれた。そのまま全てを傾けてしまいそうになり、なんとか堪えて両腕で幸正の胸を押しのけた。
「どうして――」
問いは、いくつもある。けれど――だから、どれから口にしていいのかわからず、どれも口にしてはいけないような気にもなり、そこから先が続かない。悲しげに眉を下げた幸正が、子どもをあやすように私の髪を撫でた。大きな手のひらが、乱れる心を沈めてくれる。
「伊佐が、本当の伊駒家の当主だってことは、知らなかった。ただ単に、良い食材を手に入れてくるようにと、この漁村に行くように言われたんだ。宗也様が朝餉にも鮮魚が欲しいと仰られているからってな。――だから、伊佐に声をかけたのは、命令があって、伊佐が何者かを知ってしたことじゃねぇ。それだけは、信じてくれ」
滲むような労わりに、悲しげな顔に、頷く。
「じゃあ、いつ――私がそうだと知ったんだ」
声は、掠れて弱々しかった。
「伊佐を待っている時に、もうアンタはここには戻らねぇって――本来の居るべき場所に帰ったんだって、奥村様の直属の男が言いに来た。それはどこだと聞いたら、伊佐は伊駒家の正当な血筋の、唯一の人間だと……言われた」
まっすぐに、訴えるように見つめてくる幸正の声は、とても静かで深い。
「ああ、そうですか――なんて、簡単に言える事じゃあねぇだろう――? 信じられるはずもねぇ。そうしたら、俺が仕入れを終えて戻れば、なんで伊佐のことをそれとなく聞かれているのかと、疑問に思ったことは無いかと言われた」
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