凪の潮騒

水戸けい

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「幸正――会えなくなるわけじゃない。同じ屋敷の中にいるのだろう。ひそやかに…………そう、そうだ。庭の奥に、父様が建てた庵がある。そこで、会えばいい」

 幸正を慰めるように言いながら、そうしたいのだと訴える。すぐには無理でも、私が屋敷の構造を覚え、自由に動き回れるようになれば――そこで、会いたいのだと。

 目をやわらかく細めた幸正が、手のひらで包むように髪を撫でてくる。何も言わずにその手を床に落とし、衣を引き上げ私の身を包んだ。

「奥村様に、日が落ちる前に迎えが来ると言われている。――惚れた女の裸身を、他所の男になんざ見せたくねぇからな」

 無言で頷き、袖を通しておとなしく着せられながら、宗也の事はどう思うのかと言いそうになるのを、ぐっとこらえた。どうしようもないことなのだ――私は伊駒家の嫡子として宗也の妻とならねばならず、幸正は伊駒家に仕えるものなのだから。

 衣を整えられると、今度は私が幸正に着物を着せかけた。丁寧に、別れの儀式のように――次の約束を交わすように。

 そうして共に衣服を整え終えると、寄り添いあい、抱きしめあった。私は幸正の胸に耳を押し付け、とくとくと規則正しく刻まれる幸正のぬくもりの源を聞いていた。

 その耳に、トントンと遠慮がちに戸が叩かれる音が混じる。目を開けて、顔を上げて目を合わせ、静かな口づけを――想いを乗せた唇を、重ねあった。


 駕篭に揺られ、幸正から――村のむすめだった自分から、父様との思い出から遠ざかり、屋敷に戻る。爺様は、私の到着するのを見計らい、熱い茶と菓子を用意してくれていた。

「慣れぬ駕篭は、疲れるもの――慣れていても、疲れるものですからなぁ」

 茶は、何やら甘くて不思議な香りがした。

「黒糖を溶かしこんだ茶は疲れた時に、体に沁みて良いものです」

「黒糖――」

 砂糖の類だろうか。遠くの国より運ばれるそれは、とても貴重で美味なのだと聞いたことがある。私は、こういうものを当たり前に口にできる生活に、慣れていくのか。

「爺様」

 湯呑を置き、懐から小刀を取り出し、抜いて見せる。

「どうして、刀身が木製なんだ」

 ゆっくりと、抜いたまま床に置けば懐かしそうに爺様が目を細めた。

「この爺が若いころは、戦の世でありましてなぁ――宗近様がお生まれになられた年は、その戦も止み、民の暮らしも整い始めた頃のことでした。守り刀の全てを木製としたのは、再び戦乱の世が来ぬようにと、無益な血が流れぬようにと――宗近様の手が血に染まらぬようにと、願ってのこと」
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