新月のかぐや

水戸けい

文字の大きさ
41 / 75

心臓が真綿に包まれたように心地よくて、くすぐったい。

しおりを挟む
 近貞は、久嗣から私が「会いたい」と言ったことを聞いて、どう思ったのだろう。どう、感じたのだろう。

 文の内容や久嗣を傍に置いてくれたことから、気にかけてくれているのだと伝わってくる。けれど、それは私と同じように思っての事だとは限らない。弓の話のできる相手、というだけのことかもしれない。だって、初めて会った時――近貞は満月に弓を引く私の姿を見て、話をしようと思ったのだもの。誰にも邪魔をされずに、ゆるりと弓の話をするためだけに、私を抱き上げたんだもの。

 子どもが何か素晴らしいものを見つけた時のような顔をして、近貞は私を運んだ。こうの匂いのしない、たくましい腕で抱え上げて。

 ほう、と悩ましい息と共に、あの夜の月が胸に満ちていく。目を閉じて、あの時の月を思い浮かべ、手を伸ばし、見えない弓を手にする。

 心の真ん中に浮かんだ月は、ふっくらと優しく、白く輝いている。

 ああ――。

 うっとりと、心が震えた。あの月に心を届かせることが出来たら――。

 肩を開き、胸に添うように矢を番えて心の中の月を見つめる。耳に届くわずかな音や、触れている床板の感触。それらすべてが消えうせて、世の中は私と月だけになる。

 ああ――。

 それだけでも、なんて気持ちがいいんだろう。心臓が真綿に包まれたように心地よくて、くすぐったい。

 ぱ――。

 見えない矢をつまんでいた指を、開く。音も無く形の無い矢はまっすぐに、月に吸い込まれていく。

 ああ、あ――。

 仰け反り、身悶えそうになるほどに気持ちがいい。唇から、ほろりと熱い息が漏れる。体の芯が疼いて、矢が的に到着するのを待ちわびている。

 ぱぁ……ん――――。

 見えない矢が、月に当って粉々に砕けた。

 ほう、と熱に浮かされたように息を吐いて、目を開くと庭草の中に近貞の姿があった。

 驚きすぎて、声が出ない。

 やわらかな笑みを浮かべて草の中にいる近貞は、日の光の中で輝いて見える。

「ここに」

 近貞が胸に手を当てる。

「まっすぐに届いた」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...