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勘違いをしたままでいられたら、何だと言うんだ。
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目覚めれば、譲が穏やかな湖面のように、朝日に笑みをきらめかせていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
少々面喰いながらも挨拶を返せば、譲は起き上がり身支度を始めた。それを、上体を起こして眺める。
結局、あの後は何もせぬまま横になり、眠りについた。想いの伝わらぬ歯がゆさに、恭平の胸が痛む。
「譲」
「ん?」
振り向いた譲の笑みに、息をのむ。寂しげな、諦めたような、けれど嬉しそうな譲に、何も言えなくなった。
話があると、言わなければと覚悟をしたのに、言えなかった。枝野晴彦の事を、今更問うのも馬鹿らしい。改めて、自分と譲は期間限定の恋人だと、念を押すのもどうかしている。これ以上言う事は無いと、恭平は口をつぐんだ。けれど譲は呼びかけた恭平の、続く言葉を待っている。
「腹、減って無いか」
前にホテルに泊まった時に、譲は「腹が減った」と言った。あの時、譲の言葉を受け止めて朝食を食べに行っていれば、枝野晴彦の存在など知らずに、譲の恋人だと胸を張って勘違いをしていられたかもしれない。譲の初めての相手は自分だと、勘違いをしたまま過ごしていられたんじゃないか。
馬鹿らしい。
恭平は自分の考えに心中で呆れ、鼻を鳴らした。
勘違いをしたままでいられたら、何だと言うんだ。
「前んとき、腹減ったって言ってたのにさ。何も食べずに帰っただろ。だから、さ」
「ああ」
忘れていた、と続きそうな声を出して、譲が頷く。
「何か、食いにいこうぜ」
恋人同士でいられる間は、一秒でも長く共にありたい。
「恭平は、何を食べたい?」
譲が、恭平の服を両手に抱えて傍に来た。本田薫の服を抱きしめる譲に、本田薫でなければ譲と恋人だと言えない自分に、悔しさがこみ上げる。
「やっぱ、牛丼屋とかじゃダメだよね」
「譲が食いたいんなら、かまわねぇよ」
「でも、女の子はそういうところには行かないんだろ?」
何気ない譲の一言が、この上も無く苦しかった。相模原恭平としてなら、譲は牛丼屋でもなんでも行きたいと言えただろう。かりそめの恋人であると突き付けられたようで、ずしりと重い鉛玉を飲み込まされたように、恭平は顔を歪めた。
「恭平?」
「なら、どっかモーニングやってる喫茶店にでも、行くか。昔風のところなら、定食とかやってるかもな」
そうすれば、デカイ図体に見合った食事をする譲でも、満足が出来るはずだ。
そう思っての発言だったのに、ほんの一瞬、譲が気まずそうに顔を歪めた。それに疑問を浮かべる前に、譲は笑顔に戻る。
「恭平は、そういう店に彼女を連れて行ったことがあるんだ?」
何故かそれが苦しげに聞こえて、恭平は譲の腕を掴んだ。
「譲」
「なに?」
「キス、してくれよ。おはようのキス」
譲からの、恋人としての口付けが欲しい。恭平の告白に「ありがとう」と答えたその唇で、愛の形を与えてほしい。
困ったように眉を下げ、譲が顔を寄せてくる。求める息と、悩む吐息を譲の呼気に絡めて、恭平はやわらかなぬくもりを受け止めた。懺悔と後悔を胸に抱きしめ、近くて遠い口付けに、涙を流さず笑顔で泣いた。
「譲」
「ん?」
好きだ、と幾度もささやいた言葉を音にせず、唇に乗せてキスを返す。
「すぐに準備するから、食いたいもの考えておけよ。彼氏なんだからな」
「ええっ」
こんな時間を、他意なく毎日迎えられたらいいのに。
譲の本物の恋人であれたら、いいのに――。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
少々面喰いながらも挨拶を返せば、譲は起き上がり身支度を始めた。それを、上体を起こして眺める。
結局、あの後は何もせぬまま横になり、眠りについた。想いの伝わらぬ歯がゆさに、恭平の胸が痛む。
「譲」
「ん?」
振り向いた譲の笑みに、息をのむ。寂しげな、諦めたような、けれど嬉しそうな譲に、何も言えなくなった。
話があると、言わなければと覚悟をしたのに、言えなかった。枝野晴彦の事を、今更問うのも馬鹿らしい。改めて、自分と譲は期間限定の恋人だと、念を押すのもどうかしている。これ以上言う事は無いと、恭平は口をつぐんだ。けれど譲は呼びかけた恭平の、続く言葉を待っている。
「腹、減って無いか」
前にホテルに泊まった時に、譲は「腹が減った」と言った。あの時、譲の言葉を受け止めて朝食を食べに行っていれば、枝野晴彦の存在など知らずに、譲の恋人だと胸を張って勘違いをしていられたかもしれない。譲の初めての相手は自分だと、勘違いをしたまま過ごしていられたんじゃないか。
馬鹿らしい。
恭平は自分の考えに心中で呆れ、鼻を鳴らした。
勘違いをしたままでいられたら、何だと言うんだ。
「前んとき、腹減ったって言ってたのにさ。何も食べずに帰っただろ。だから、さ」
「ああ」
忘れていた、と続きそうな声を出して、譲が頷く。
「何か、食いにいこうぜ」
恋人同士でいられる間は、一秒でも長く共にありたい。
「恭平は、何を食べたい?」
譲が、恭平の服を両手に抱えて傍に来た。本田薫の服を抱きしめる譲に、本田薫でなければ譲と恋人だと言えない自分に、悔しさがこみ上げる。
「やっぱ、牛丼屋とかじゃダメだよね」
「譲が食いたいんなら、かまわねぇよ」
「でも、女の子はそういうところには行かないんだろ?」
何気ない譲の一言が、この上も無く苦しかった。相模原恭平としてなら、譲は牛丼屋でもなんでも行きたいと言えただろう。かりそめの恋人であると突き付けられたようで、ずしりと重い鉛玉を飲み込まされたように、恭平は顔を歪めた。
「恭平?」
「なら、どっかモーニングやってる喫茶店にでも、行くか。昔風のところなら、定食とかやってるかもな」
そうすれば、デカイ図体に見合った食事をする譲でも、満足が出来るはずだ。
そう思っての発言だったのに、ほんの一瞬、譲が気まずそうに顔を歪めた。それに疑問を浮かべる前に、譲は笑顔に戻る。
「恭平は、そういう店に彼女を連れて行ったことがあるんだ?」
何故かそれが苦しげに聞こえて、恭平は譲の腕を掴んだ。
「譲」
「なに?」
「キス、してくれよ。おはようのキス」
譲からの、恋人としての口付けが欲しい。恭平の告白に「ありがとう」と答えたその唇で、愛の形を与えてほしい。
困ったように眉を下げ、譲が顔を寄せてくる。求める息と、悩む吐息を譲の呼気に絡めて、恭平はやわらかなぬくもりを受け止めた。懺悔と後悔を胸に抱きしめ、近くて遠い口付けに、涙を流さず笑顔で泣いた。
「譲」
「ん?」
好きだ、と幾度もささやいた言葉を音にせず、唇に乗せてキスを返す。
「すぐに準備するから、食いたいもの考えておけよ。彼氏なんだからな」
「ええっ」
こんな時間を、他意なく毎日迎えられたらいいのに。
譲の本物の恋人であれたら、いいのに――。
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※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】
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