14 / 23
真実の姿を
しおりを挟む
「どのようにおっしゃられても、許可などできかねます」
ピシャリと言われて、サムタンは苦笑した。
「考える余地すらも持ちたくない、というのか? トリオローノ」
「考えるまでもありません。いったい、なにを考えておられるのですか」
「なにをって、言ったばかりだろう。ずいぶん物忘れがはやいな」
「そういう意味ではございません」
目じりを吊り上げるトリオローノに、サムタンは肩をすくめた。シャルと相談し、湖の底から引き揚げたものを人々の手に返すには、広い場所でいちどきに広げ、思い当たるものを探してもらうのが一番ではないか、という結論に達した。そして仕事場に来てすぐに、サムタンはトリオローノに提案をしたのだ。遺品をこちらに運ぶのではなく、島に人々を連れてきてはどうか、と。
「だが、僕の存在を民に知ってもらい、親しみを持ってもらうことは必要ではないかな」
「なにゆえ、そのようなお考えを持たれたのです」
「ここで生活をするうちに気がついただけだ。僕がいかに領民と遠い存在であったかということに」
眉をひそめたトリオローノに、サムタンはさみしさをにじませて笑う。
「僕を守りたい気持ちはわかる。でなければ、島の皆の生活が危うくなると言いたいんだろう? だが、時代は変わる。だから僕と民の付き合い方も変えていかなければならない。――いや。変えたいんだ」
目の奥に力を込めて、サムタンはトリオローノを見つめた。トリオローノがまっすぐに視線を受け止める。
「おまえが島の人々の命を守りたい、生活を安定させていたいと苦心していることを、僕はここに来てはじめて理解できた」
「サムタン様、私は――」
「最後まで聞いてくれ、トリオローノ。僕は、自分の役割を理解していなかった。それは理解をしなくともいられるほど、おまえや周囲の者たちが僕を守ってくれていたからだろう? その結果、僕は領民のことをなにも知らない伯爵に育った。2年前の事故のことも、知っておくべき惨事だったはずだ。その報告を僕は受けていない。領内の経理数値上にすら、それは現れていなかった。……僕が変に感じないように、うまく処理をしたんだろう? トリオローノ」
「お耳に入れるほどの内容ではないと判断いたしましたので」
「領民の多くが、いまだに苦しんでいる事故でさえ、僕の耳に入れなくてもいい情報だと?」
とがめるサムタンの瞳を、トリオローノは眉ひとつ動かさずに受け止める。強固な鉄壁に似た確固たる彼の信念を突きくずそうと、サムタンは心の底から言葉を紡いだ。
「なあ、トリオローノ。これがほかの貴族なら、どうだったろう。自領の大規模な事故なら、必ず耳に入っているものじゃないのか。いったいどうやって処理をしたんだ。報告がなかったわけじゃないだろう?」
「どのように対処をしたのか、こちらに来て耳目に触れておられるのでは?」
「そういうことを言っているんじゃない!」
声を荒らげ机をたたいたサムタンは、トリオローノをにらみつけた。
「シャルから聞いた。ほかの街の人々からもだ。レムン伯爵からは見舞金が届いたと。だが、それだけだ。金だけをばらまいて、それで終わりとは冷たい対応だとは思わないか? 領主とはそういうものか。違うだろう」
「いいえ。妥当な対応だったと私は考えております。不必要に人と関わる必要はございません。こちらが用意できる、彼らが必要としているものは金銭。それ以外にはございませんし、できることもそのほかにはないと考えます」
「事務的な対応だ」
「あくまでも事務処理ですから」
「それで彼らは……、シャルはすこしでも救われたと思うのか」
「生活面で不足を感じている遺族や荷主は見受けられません。そのあたりはきちんと調査、対応済みです」
「そういう問題じゃない」
「お言葉ですが、サムタン様」
トリオローノの瞳が鋭く光る。
「そのほかに、部外者である我々にどのような対応も不可能であると考えます」
言い返そうとしたサムタンの言葉を強い目の力で遮り、トリオローノは噛んで含めるように告げる。
「いいですか、サムタン様。我々はただの領主と領民、という立場であらねばならないのです。そのために、不要な接触を避けてきました。むろん、それは私のすべき仕事であり、サムタン様のあずかり知らぬところですので、あなた様が気に病む必要のないものです。――中には、民との交流を重んじる貴族の方々もおられます。かつてはレムン家も領民と交流を持っていた時期がございました」
サムタンは目をまるくした。
「そんな話は、聞いていないぞ」
「お耳に入れないように、お目にも触れないように、すべてを秘匿してまいりましたので」
うやうやしく浅い会釈に、サムタンは顔をしかめた。
「それで? おまえたちに都合の悪くなりそうな行動を、僕から取り上げてどうするつもりだったんだ」
「どうもこうも……。私の使命はサムタン様の心身の安寧。ただそれだけにございます。ひいてはそれが、我々を守ることにもなる」
「そして僕は暗愚な領主として一生を終える、というのだな」
棘を含んだサムタンの声にも、トリオローノは動じない。
「誰も暗愚などとは思いません」
「暗愚だろう? 僕はいかに無知な領主であったのか、この数日間でどれほど痛感したかしれない」
「必要なことはなされておりますし、領地は平穏そのものです」
「事故の余韻に傷ついている」
「それはサムタン様の手の届かない問題でしょう」
「どうにかできる可能性だってある」
「それは、あの娘をなぐさめたいということですか」
ずばりと言い当てられて、サムタンは口をつぐんだ。トリオローノの瞳から険しさが消え、かわりにあきれが浮かび上がる。
「人ならざるものの存在を容認しない娘に、どうしてそれほど固執をなさるのです。あの娘を妻になどと、申されはしないでしょうね」
「妻……?」
きょとんとしたサムタンに、「そのような考えでないのであれば、一宿一飯の恩を返したいと思われているのですか」とトリオローノが問いを重ねる。
「……妻、か」
質問よりもその単語に気を取られたサムタンは、顎に手を添え考えた。
(僕の妻……。そうだ、僕はいずれ伯爵家を継ぐものを得なければならない。それはつまり結婚をし、子どもをもうけるということだ)
「なあ、トリオローノ」
「はい」
「おまえは、僕の妻をどこから選ぶ予定でいたんだ。島内の誰かと僕を妻合めあわせる予定でいたのか」
「いえ。しかるべきところから、しかるべき相手を島にお迎えする算段をしております」
「しかるべきとは、どのような場所でどのような相手だ」
「いきなり、どうなされました」
「おまえのことだから、人ではない、だが人の姿でいられるものを選ぶのだろうな」
「むろん、そのようにいたします。サムタン様の吸血にも耐えうる頑強がんきょうさを併せ持つ方であれば、なおいいと考えて探している次第です」
すでに行動をしているのかと、サムタンはかぶりを振った。
「おまえはそうやって、僕を自分の考えに添うように操っているのだな」
「操る? とんでもない。導いている、と僭越せんえつながら自負しております」
そうだろうな、とサムタンは嘆息した。トリオローノは自分の考える最善の方法を取っているにすぎない。だが、あくまでもそれはトリオローノにとっての最善であって、サムタンにとっての最善ではない。
「おまえが決めた相手と僕が合わなければどうするつもりだ」
「サムタン様のお気に召さない相手であれば、別の相手を連れてくるまでです」
「相手が僕を好まなければ?」
「そのような些末さまつなこと、お気になされる必要はございません。貴族の婚姻は元来がそういうものですから」
「僕はそういう考えを好まない」
「では、その場合は候補を幾人か島にお連れして、マッチングをいたしましょう」
「ああ、トリオローノ。僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだ。……人と僕たちが寄り添えるように、歩み寄れないかと言いたいんだ」
トリオローノの鼻の頭にシワが寄り、口の端から牙がのぞいた。
「歩み寄る? そのようなことは不可能であると、再三申し上げているというのに、お分かりになられないのですか。あの娘のように、人ならざる存在を信じていない、伝説上の生き物だと思っている人間が多数の中、どのようにご自身が吸血鬼であると知らしめるおつもりです」
「レムン伯爵は吸血鬼だというウワサはあるじゃないか」
「それは迷信のようなものとして、広まっているだけです。我らが島の中のみで生活している理由を、お忘れですか」
「覚えているさ。迫害されると言うんだろう? だが、それに怯えて行動をしないでいても、いいことはない。なあ、トリオローノ。すべての人に僕たちの存在を認めさせたいわけじゃない。ごく一部の……、そう、ほんの数人だけでいい。真実を知って付き合える相手がいれば、お互いにもっと豊かな生活を送れるんじゃないだろうか。――たとえば今回のように、人ならざる力があればこそ、すべてではないが遺品を回収できた。そういう、互いにできる範囲を提供し合って生きてはいけないだろうか」
「愚かな考えです」
「取り付く島もないな」
サムタンは肩をすくめた。
「だが、僕の考えは変わらない。遺品は島に領民を招いて引き取ってもらう。城の中には広い部屋がいくつもある。そのうちのひとつに遺品を広げるんだ。これまでどれほどの知恵を絞って、僕を城の中にとどめてきたんだ、トリオローノ? その頭脳を使えば、そのくらい、わけないはずだ」
話は終わりだとばかりに、サムタンは机に向かった。トリオローノは主の決意が固いと察し、深く腰を折って礼をすると外に出かけた。扉の閉まる音を聞き、サムタンは緊張を解く。
(僕たちの存在を知る人を、ごく一部でもいいから作りたい)
その願いの発端は、シャルだった。彼女に僕の存在を認められたい。それからどうするか、どうなりたいかは考えの外にあった。ただ、自分を知ってもらいたい。彼女を知りたいという欲とおなじくらい、サムタンは強く願っている。
(僕はシャルに惹かれている。だから、ただ彼女に知ってもらいたい)
受け入れられるのが一番だが、そうでなくともしかたがないとサムタンは行動をすることに決めた。そのためにまず、シャルを島に連れていきたい。これはそのための提案であり、計画だった。むろん、彼女のほかに理解者が欲しいというのも事実だし、こちらの能力を有効に使いたいという気持ちも真実だった。
「島の者たちはどう思うだろうか」
トリオローノの意見に同意なのか、サムタンの思想に共鳴するものはいるだろうか。
「なにごとも、やってみなければわからないことだ」
やらずにいることこそが罪だと、サムタンは思う。行動を起こして、その中でいろいろとつかみ取っていくことこそが大切なはず。人と人ではないものであっても会話はできるのだから、分かり合える相手は必ずいる。――それがシャルならばいいと、僕は願っている。
サムタンは目を閉じて、シャルのさまざまな表情を思い浮かべた。そしてシャルを通じて出会った人々の姿を思う。
「いきなりじゃなくてもいい。すこしずつ、すこしずつでいいんだ」
彼女を怖がらせないように、僕の存在を伝えたい。そして、できれば受け入れ、認めてもらいたい。
サムタンは手のひらをじっと見つめた。
(もう二度と触れられないとしても、ありのままの僕を彼女が理解してくれるなら、それだけで僕は幸せだよ、トリオローノ)
ピシャリと言われて、サムタンは苦笑した。
「考える余地すらも持ちたくない、というのか? トリオローノ」
「考えるまでもありません。いったい、なにを考えておられるのですか」
「なにをって、言ったばかりだろう。ずいぶん物忘れがはやいな」
「そういう意味ではございません」
目じりを吊り上げるトリオローノに、サムタンは肩をすくめた。シャルと相談し、湖の底から引き揚げたものを人々の手に返すには、広い場所でいちどきに広げ、思い当たるものを探してもらうのが一番ではないか、という結論に達した。そして仕事場に来てすぐに、サムタンはトリオローノに提案をしたのだ。遺品をこちらに運ぶのではなく、島に人々を連れてきてはどうか、と。
「だが、僕の存在を民に知ってもらい、親しみを持ってもらうことは必要ではないかな」
「なにゆえ、そのようなお考えを持たれたのです」
「ここで生活をするうちに気がついただけだ。僕がいかに領民と遠い存在であったかということに」
眉をひそめたトリオローノに、サムタンはさみしさをにじませて笑う。
「僕を守りたい気持ちはわかる。でなければ、島の皆の生活が危うくなると言いたいんだろう? だが、時代は変わる。だから僕と民の付き合い方も変えていかなければならない。――いや。変えたいんだ」
目の奥に力を込めて、サムタンはトリオローノを見つめた。トリオローノがまっすぐに視線を受け止める。
「おまえが島の人々の命を守りたい、生活を安定させていたいと苦心していることを、僕はここに来てはじめて理解できた」
「サムタン様、私は――」
「最後まで聞いてくれ、トリオローノ。僕は、自分の役割を理解していなかった。それは理解をしなくともいられるほど、おまえや周囲の者たちが僕を守ってくれていたからだろう? その結果、僕は領民のことをなにも知らない伯爵に育った。2年前の事故のことも、知っておくべき惨事だったはずだ。その報告を僕は受けていない。領内の経理数値上にすら、それは現れていなかった。……僕が変に感じないように、うまく処理をしたんだろう? トリオローノ」
「お耳に入れるほどの内容ではないと判断いたしましたので」
「領民の多くが、いまだに苦しんでいる事故でさえ、僕の耳に入れなくてもいい情報だと?」
とがめるサムタンの瞳を、トリオローノは眉ひとつ動かさずに受け止める。強固な鉄壁に似た確固たる彼の信念を突きくずそうと、サムタンは心の底から言葉を紡いだ。
「なあ、トリオローノ。これがほかの貴族なら、どうだったろう。自領の大規模な事故なら、必ず耳に入っているものじゃないのか。いったいどうやって処理をしたんだ。報告がなかったわけじゃないだろう?」
「どのように対処をしたのか、こちらに来て耳目に触れておられるのでは?」
「そういうことを言っているんじゃない!」
声を荒らげ机をたたいたサムタンは、トリオローノをにらみつけた。
「シャルから聞いた。ほかの街の人々からもだ。レムン伯爵からは見舞金が届いたと。だが、それだけだ。金だけをばらまいて、それで終わりとは冷たい対応だとは思わないか? 領主とはそういうものか。違うだろう」
「いいえ。妥当な対応だったと私は考えております。不必要に人と関わる必要はございません。こちらが用意できる、彼らが必要としているものは金銭。それ以外にはございませんし、できることもそのほかにはないと考えます」
「事務的な対応だ」
「あくまでも事務処理ですから」
「それで彼らは……、シャルはすこしでも救われたと思うのか」
「生活面で不足を感じている遺族や荷主は見受けられません。そのあたりはきちんと調査、対応済みです」
「そういう問題じゃない」
「お言葉ですが、サムタン様」
トリオローノの瞳が鋭く光る。
「そのほかに、部外者である我々にどのような対応も不可能であると考えます」
言い返そうとしたサムタンの言葉を強い目の力で遮り、トリオローノは噛んで含めるように告げる。
「いいですか、サムタン様。我々はただの領主と領民、という立場であらねばならないのです。そのために、不要な接触を避けてきました。むろん、それは私のすべき仕事であり、サムタン様のあずかり知らぬところですので、あなた様が気に病む必要のないものです。――中には、民との交流を重んじる貴族の方々もおられます。かつてはレムン家も領民と交流を持っていた時期がございました」
サムタンは目をまるくした。
「そんな話は、聞いていないぞ」
「お耳に入れないように、お目にも触れないように、すべてを秘匿してまいりましたので」
うやうやしく浅い会釈に、サムタンは顔をしかめた。
「それで? おまえたちに都合の悪くなりそうな行動を、僕から取り上げてどうするつもりだったんだ」
「どうもこうも……。私の使命はサムタン様の心身の安寧。ただそれだけにございます。ひいてはそれが、我々を守ることにもなる」
「そして僕は暗愚な領主として一生を終える、というのだな」
棘を含んだサムタンの声にも、トリオローノは動じない。
「誰も暗愚などとは思いません」
「暗愚だろう? 僕はいかに無知な領主であったのか、この数日間でどれほど痛感したかしれない」
「必要なことはなされておりますし、領地は平穏そのものです」
「事故の余韻に傷ついている」
「それはサムタン様の手の届かない問題でしょう」
「どうにかできる可能性だってある」
「それは、あの娘をなぐさめたいということですか」
ずばりと言い当てられて、サムタンは口をつぐんだ。トリオローノの瞳から険しさが消え、かわりにあきれが浮かび上がる。
「人ならざるものの存在を容認しない娘に、どうしてそれほど固執をなさるのです。あの娘を妻になどと、申されはしないでしょうね」
「妻……?」
きょとんとしたサムタンに、「そのような考えでないのであれば、一宿一飯の恩を返したいと思われているのですか」とトリオローノが問いを重ねる。
「……妻、か」
質問よりもその単語に気を取られたサムタンは、顎に手を添え考えた。
(僕の妻……。そうだ、僕はいずれ伯爵家を継ぐものを得なければならない。それはつまり結婚をし、子どもをもうけるということだ)
「なあ、トリオローノ」
「はい」
「おまえは、僕の妻をどこから選ぶ予定でいたんだ。島内の誰かと僕を妻合めあわせる予定でいたのか」
「いえ。しかるべきところから、しかるべき相手を島にお迎えする算段をしております」
「しかるべきとは、どのような場所でどのような相手だ」
「いきなり、どうなされました」
「おまえのことだから、人ではない、だが人の姿でいられるものを選ぶのだろうな」
「むろん、そのようにいたします。サムタン様の吸血にも耐えうる頑強がんきょうさを併せ持つ方であれば、なおいいと考えて探している次第です」
すでに行動をしているのかと、サムタンはかぶりを振った。
「おまえはそうやって、僕を自分の考えに添うように操っているのだな」
「操る? とんでもない。導いている、と僭越せんえつながら自負しております」
そうだろうな、とサムタンは嘆息した。トリオローノは自分の考える最善の方法を取っているにすぎない。だが、あくまでもそれはトリオローノにとっての最善であって、サムタンにとっての最善ではない。
「おまえが決めた相手と僕が合わなければどうするつもりだ」
「サムタン様のお気に召さない相手であれば、別の相手を連れてくるまでです」
「相手が僕を好まなければ?」
「そのような些末さまつなこと、お気になされる必要はございません。貴族の婚姻は元来がそういうものですから」
「僕はそういう考えを好まない」
「では、その場合は候補を幾人か島にお連れして、マッチングをいたしましょう」
「ああ、トリオローノ。僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだ。……人と僕たちが寄り添えるように、歩み寄れないかと言いたいんだ」
トリオローノの鼻の頭にシワが寄り、口の端から牙がのぞいた。
「歩み寄る? そのようなことは不可能であると、再三申し上げているというのに、お分かりになられないのですか。あの娘のように、人ならざる存在を信じていない、伝説上の生き物だと思っている人間が多数の中、どのようにご自身が吸血鬼であると知らしめるおつもりです」
「レムン伯爵は吸血鬼だというウワサはあるじゃないか」
「それは迷信のようなものとして、広まっているだけです。我らが島の中のみで生活している理由を、お忘れですか」
「覚えているさ。迫害されると言うんだろう? だが、それに怯えて行動をしないでいても、いいことはない。なあ、トリオローノ。すべての人に僕たちの存在を認めさせたいわけじゃない。ごく一部の……、そう、ほんの数人だけでいい。真実を知って付き合える相手がいれば、お互いにもっと豊かな生活を送れるんじゃないだろうか。――たとえば今回のように、人ならざる力があればこそ、すべてではないが遺品を回収できた。そういう、互いにできる範囲を提供し合って生きてはいけないだろうか」
「愚かな考えです」
「取り付く島もないな」
サムタンは肩をすくめた。
「だが、僕の考えは変わらない。遺品は島に領民を招いて引き取ってもらう。城の中には広い部屋がいくつもある。そのうちのひとつに遺品を広げるんだ。これまでどれほどの知恵を絞って、僕を城の中にとどめてきたんだ、トリオローノ? その頭脳を使えば、そのくらい、わけないはずだ」
話は終わりだとばかりに、サムタンは机に向かった。トリオローノは主の決意が固いと察し、深く腰を折って礼をすると外に出かけた。扉の閉まる音を聞き、サムタンは緊張を解く。
(僕たちの存在を知る人を、ごく一部でもいいから作りたい)
その願いの発端は、シャルだった。彼女に僕の存在を認められたい。それからどうするか、どうなりたいかは考えの外にあった。ただ、自分を知ってもらいたい。彼女を知りたいという欲とおなじくらい、サムタンは強く願っている。
(僕はシャルに惹かれている。だから、ただ彼女に知ってもらいたい)
受け入れられるのが一番だが、そうでなくともしかたがないとサムタンは行動をすることに決めた。そのためにまず、シャルを島に連れていきたい。これはそのための提案であり、計画だった。むろん、彼女のほかに理解者が欲しいというのも事実だし、こちらの能力を有効に使いたいという気持ちも真実だった。
「島の者たちはどう思うだろうか」
トリオローノの意見に同意なのか、サムタンの思想に共鳴するものはいるだろうか。
「なにごとも、やってみなければわからないことだ」
やらずにいることこそが罪だと、サムタンは思う。行動を起こして、その中でいろいろとつかみ取っていくことこそが大切なはず。人と人ではないものであっても会話はできるのだから、分かり合える相手は必ずいる。――それがシャルならばいいと、僕は願っている。
サムタンは目を閉じて、シャルのさまざまな表情を思い浮かべた。そしてシャルを通じて出会った人々の姿を思う。
「いきなりじゃなくてもいい。すこしずつ、すこしずつでいいんだ」
彼女を怖がらせないように、僕の存在を伝えたい。そして、できれば受け入れ、認めてもらいたい。
サムタンは手のひらをじっと見つめた。
(もう二度と触れられないとしても、ありのままの僕を彼女が理解してくれるなら、それだけで僕は幸せだよ、トリオローノ)
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる