吸血嫌いの吸血鬼~伯爵様は血が苦手~

水戸けい

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そして未来へ

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 ふむ、とトリオローノが顎に手を置く。

「民にとって親しみがあり、出入りをしたことのある場所。かつ、適度な広さもあるからか」

「それだけじゃないわ。ええと、たとえば二階に遺品を並べて、一階では偲ぶ会っていうのかな……。お茶をしながら故人との思い出を語って、それで思い切り悲しむの。きちんと悲しんで、向き合って、受け入れて、それで…………、それで」

 だんだん顔をうつ向かせたシャルは、ギュッと膝の上でこぶしを握った。その先をどんな言葉で示せばいいのかわからない。乗り越える、はすこし違う。忘れて、はもっと違う。胸に秘めて、もなにか違う。ふさわしい言葉を見つけられないシャルの手の上に、サムタンはそっと手のひらをかぶせた。

 顔を上げたシャルを、サムタンはまなざしで抱きしめる。

「無理に言葉にしなくてもいい。――きっと、それは形にはめこめない感情だろうから」

 やるせなく形のない思いは、内容は違えどサムタンも経験している。きっと、誰もが物事の大きさに関係なく抱えたことがあるはずだと、サムタンは握った手のひらでシャルに伝えた。それは無理に言葉にしては、そこからはみ出した感情がこぼれてくすぶり、いつまでも心の底にとどまってしまう。だからまるごと、自然と自分の裡に落ち着くまでは背負っていればいい。その人なりの答えという形になるまで。

 シャルはわずかにほほえんで、言葉のない語らいにうなずいた。サムタンもうなずきかえし、トリオローノに顔を向ける。意見を求めるサムタンの視線に、トリオローノは腕を組んだ。

「場所については異論ございません。ですが、交渉はこちらで進めます。――娘。なんと言って店主を説得するつもりだった? サムタン様がレムン伯爵であると告げるつもりだった、などとは言うまいな」

「それは……」

 うかがうシャルの視線に、サムタンは小首をかしげた。

「サムタンがいいと言ってくれたら、そうするつもりだったわ」

「それでサムタン様に迷惑がかかったらどうするつもりだ」

「そう怒るな、トリオローノ。僕はべつにかまわない」

「あなた様のことですから、民の様子を見たいとおっしゃるに決まっております。身分を明かした後、その中に自然とまぎれられるとお思いですか? サムタン様がご覧になりたいのは、飾らぬ民の姿でしょう」

 苦笑いするサムタンに、まったくと鼻息荒くこぼしてから、トリオローノは憮然として言った。

「交渉はこちらがおこないます。必ず、あの店でできるよう進めましょう。――それでいいな、娘。ほかになにか、思惑はあるのか」

 言ってみろと顎の先でうながされて、シャルはサムタンとトリオローノ、ケンタウロスのふたりを順番に見回した。

「どうやって遺品を引き上げたのかって話がでたときに、レムン伯爵は吸血鬼だから、人ならざるものの力を借りたんだってウワサを流すの」

 ケンタウロスのふたりが、不思議そうにまばたきをする。シャルは立ち上がって、両手で島のぜんぶを示した。

「ここには、伝説上の生き物だと言われていたり、物語の中にしかいないって言われている種族がたくさん暮らしているわ。そういう種族の力を借りられたから、大切なものが返ってきたんだって知ってもらうの。もちろん、疑う人や信じない人もいるはずよ」

「シャルが僕を吸血鬼だと信じていなかったように?」

 からかうサムタンに、そうよとシャルは肩をすくめた。

「でも、信じる人もいる。……領主のレムン伯爵は吸血鬼だから、ニンニクは食べないしバラも飾らないって言っている人がいるわ」

 ふむ、とサムタンは興味深そうに目を輝かせた。

「なるほど。吸血鬼はそういうものだと書物に書かれているからな。――僕はニンニクもババラも平気だぞ、シャル」

「そうみたね。ニンニクの入った料理を食べていたもの」

「それで? 娘。サムタン様が吸血鬼で、島には異種族がいると話を広めてどうなる」

「トリオローノさんが言っていたでしょう? 人間のほうがよっぽどおそろしい存在だって。それでちょっと思ったの。お互い、おそろしいものだって先入観があるから、よくないんじゃないかなって。その先入観をいいものに変えていけば、仲良くできるんじゃないかなって」

 トリオローノの眉間にシワが寄る。サムタンとステリオスがなるほどと納得顔になり、難しい顔をしたヤニスが軽く片手を上げた。

「なあ、シャル。それは、その……、相手はすごくいいヤツだ、と言い続けて思い込ませて、それから会えばいい、ということでいいのかい」

「そのとおりよ、ヤニス」

「だが、それはとても時間がかかりそうだし……、なんというか、とてもめんどうくさそうじゃないか? 忘れないように、繰り返して言い続ける誰かがいるだろう」

「遺品の引き渡しのときにそういう話をすれば、伯爵が吸血鬼だって信じている人たちが勝手に協力者になってくれるわ。そういう事例をすこしずつ、すこしずつ広めていって。もちろん人間の側もこっちの役に立つことをしなくちゃいけない。……なにができるか、すぐには思いつかないけれど」

「それは、島民たちに聞いてみればいいことだ」

 サムタンがシャルの思いつきの後押しをする。

「そうやって、すこしずつすこしずつ理解を深めて。信用ができる人同士を引き合わせて徐々に交流を作っていけば、誰かが無理をしなくても、サムタンの望みをかなえられるんじゃないかしら」

 ケンタウロスのふたりが顔を見合わせ、案じ顔でシャルを気遣いながらトリオローノの顔色をうかがいつつ、意見を言った。

「たしかに。人間を怖がっているヤツはいるからなぁ。まずはイメージを変えるってのは、いいアイディアだと思うよ、シャル」

「だが、それでは時間がかかりすぎてしまうんじゃないか? 人間は俺たちよりも寿命が短い。――もちろん、人間とそう寿命の変わらないものもいるが。サムタン様の望む形になるまでに、おばあさんになってしまうぞ」

 トリオローノはむっつりとしたまま、なにも言わない。サムタンはシャルを勇気づけようと、彼女の手を強く握った。

「大丈夫だ、シャル。僕はなにも全員と仲良くしたいと言っているわけじゃないから。――ほんのわずかでも、協力しあえる、互いの存在を理解し受け入れ、交流のできる相手がいればいいと考えているんだから」

「あのね、サムタン」

 シャルはグッとサムタンの手を握り返した。

「私、ぜんぜん落ち込んだりしてないわ。ステリオスさんの言うとおり、私がおばあさんになっても大勢に定着はしていないって思っているから」

「え?」

 驚く面々にニンマリとして、シャルは胸を張る。

「サムタンがこうして日の光の中で過ごせているのは、ずっとずっと昔のご先祖様が太陽の光を浴びたいって思って、あこがれて、その気持ちが受け継がれてきて、その結果でしょう? その間に、すごく大変だったこととか落ち込んだこととか、うまくいかなくてひどい目に遭ったことだってあったはずよ。――サムタンがしようとしていることは、そういうことがこれからたくさん起こるはず。でも、あきらめずに続ければ、うんとうんと先の、想像もつかない未来には異種族がいるのはあたりまえになっているかもしれない。吸血鬼のサムタンがいま、血を吸わなくてもよくなって、日光を浴びていられるように!」

 シャルは想像の光景に胸を大きく膨らませた。

「それって、すごく気が遠くなりそうな話だけれど。でも、ご先祖様が残したものを紐解いたサムタンが、長年の一族の願いをかなえられたんだから、きっといつか実現する。だからね、そのために急がずに、ちょっとずつ、ちょっとずつ、進んでいけばいいんじゃないかな。今回の遺品の引き渡しでウワサを流すっていうのは、その第一歩で。感謝をした人たちが好感をしてくれて、それが語られて、認識が広まって……。ねえ、それだとトリオローノさんが心配する、魔女狩りみたいなことにはなりにくいと思うの」

 どうかなとシャルが視線で問うと、トリオローノは不機嫌な顔のまま「悪くはない」とボソリと案を認めた。

「トリオローノが納得をしたのなら、それでいこう」

「サムタンは不満じゃない? すごく時間がかかるのよ。サムタンが生きている間に、望むようにはならない可能性が高いけど」

「いいさ。――僕はシャルという理解者を得た上に、一族の願いを実現させたのだから。これ以上を望むのは、贅沢すぎる」

「……よかった」

「それで、シャル。その計画にはもちろん、君もずっとたずさわってくれるんだろう? 僕はまだ民の暮らしを知りきってはいないから、あちらとこちらの両方で生活をしたいんだ。それに、君がいなければ僕は飢えてしまう」

「もちろんよ、サムタン。私、全力で協力するわ」

 離れて過ごさなくてもいいと、シャルは心を浮き立たせた。

「それじゃあ、決まりだな」

 グイッとサムタンはシャルの腰を引き寄せて、空に向かって大きな声で宣言をする。

「レムン家の当主、サムタン・レムンは人間の娘シャル・モリトゥを妻と決めた! これより彼女はシャル・レムンとして、僕とともに島民を守り、領地に住まう人々の安寧を願う。いろいろと意見はあるだろうが、これは決定事項だ。新しき仲間と新たな日常を!!」

 高らかに響き渡ったサムタンの声に、シャルは驚きすぎて反応ができなかった。鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえ、その中に歓声に似た獣の鳴き声が混じる。ケンタウロスのふたりは顔を見合わせ、高いところで手を打ち合わせると笑みをひらめかせて「新たな仲間だ」と叫びながら、どこかへ走り去った。

「まったく。そうおっしゃるとは思っておりましたが……」

「こればかりは譲らないぞ、トリオローノ」

「街での生活の拠点に理解者である娘の家を使える利り、サムタン様が不快な吸血をなさらなくともよくなる利。なにより娘は地位や財産に目がくらむことはないという判断から、反対をする必要はないかと存じます」

 滑るように動いたトリオローノが、サムタンとシャルの前に膝をつく。

「これよりはレムン伯爵夫人として、お仕えさせていただきます。――シャル様」

「えっ、ええっ?! そんな、いいですいいです。いままでどおりにしてください! トリオローノさん」

「それは、僕の申し出を断るということなのかな、シャル?」

「えっ」

「島民に宣言をしてしまった後だから、これで断られると立つ瀬がないが……。シャルの意志がそうであれば、無理強いをするつもりはないさ」

「えっ、えっと……」

「シャルがいなければ、僕は生きてはいけない。だが、シャルはそうではないだろう? 遠慮せずに、心のままに答えてくれ。――シャル。僕と結婚してほしい」

 星のまたたく夜空に似た瞳が、いたずらっぽく勝利を確信している。シャルは心をムズムズさせて、もうっと唇を尖らせた。

「断るわけ、ないじゃない。私もサムタンが必要よ」

「よかった」

「ふふ」

 満ち足りた笑みを浮かべたふたりは額を合わせ、シャルは安らぎを与えてくれるおだやかな夜の瞳を、サムタンはあこがれ続けた陽光きらめく緑の瞳を見つめて、互いの未来をそっと重ねた。
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