LAST CARDS ~サマタゲルガイノアルモノ~

よし あき

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第二章

バンダナのお京⑤

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「良く、わび・さびと言われますが、さび・わびではないのですね。わび、は心。さび、は見た目の美しさです。先ずは美しいと思える豊かな心があってこそ、時間に購おうとして変わらない物、反対にそれを受け入れたあるがままの物質や風景、そして人間の多様な変化等の嘱目を楽しめるのです」

 古森愛美の講演会もそろそろ終わりに近付いた頃、開始十分程で爆睡しとった昴が目を覚ました。どうやらこの子に一万円のチケットは猫に小判、やった様や。

「ふわぁ~~~」

 アホ!
 ウチは慌てて昴の口を押さえた。客席が暗くて助かったわ。

「本日のテーマは日本人の美学ですが、これをわび・さびに置き換えると先ずは国、美しく豊かな祖国があり、春夏秋冬・花鳥風月・山紫水明に育まれた私達日本人が生命を謳歌出来ている訳です。謳歌。茶室の茶掛けの言葉は禅語が多いですが、日本の四季を賛美した詩や言葉も多いのです。これは個人的な感想ですが、日本人ほど詩(うた)を読む、しかも季節の詩が好きな民族は居ないのではないかと思っています。まさに生きる事を謳歌しています…」

 わび・さびやったら、聞いた事ありますわ、と昴がいかにも知っていますという口調で呟いた。その「知っているつもり」の人が意外に多いという話やったという事は、講演が終った後に説明してやるとしよう。

「昨今は個人主義、個人の権利を尊ぶ風潮にありますが、私達日本人は先ずは祖国。国の平安があってこそ、多様な個性を受け入れる事が出来る。全体の為に個を律してきた日本人の美学を、今一度見つめ直す時期なのではないでしょうか?」

 拍手喝采の中、講演が終った。しかし凄い貫禄やったな。
 とにかく顔がバレとるだけに、変装をしているとはいえ吉田とかナショラブの関係者に会うたら面倒や。ロビーで古森を出待ちする人の流れに反して出口を目指し、さっさと引き上げる事にした。あれ?昴は何処や?
「あ、お京さん、せっかくやから講演のお土産買うて行きましょうよ、お土産!おしゃれな茶碗とかありますよ!」
「ええから、早よ来い!あんた、この後バイトもあるんやろ?」
 空気を読まへん昴を物販の会場から連れ出した。

「お京さん、せめてパンフレット!麻衣さんの為に~」


「はぁ~、なんかドッと疲れたわ」
 コーヒーを飲みながら、西澤にさっきの講演の報告をした。
「ええ話でしたね、お京さん!」
「そういうボケはエエから。あんた寝とったやんか」
 やっぱり…という表情で西澤は苦笑いをした。
「いやいや、僕もわびさびの話は聞いていましたよ。わびは豊かな心で、さびは全ての物が持つ美しさ、でしょ?」
 まあ簡単過ぎるけど、大体そうや、と頷いた。
「チッチッチッ、僕をあんまり見くびらんといて下さいよ」
「なにがチッチッチッ、やねん。あんたは快傑ズバ〇トか?調子乗んな、アホ!」
「それで、収穫はあったんか?」
「ナショラブが、国の土台の元に人々が生きている、という考えなんは、改めて分かった。でも茶道の考えを説いて、個人の多様性も認めとるんや。だからというて、ヒトマケも個人で好き勝手にやろう、言うてる訳とちゃう。いや、あの子等には国がどうとかそういう感覚すらないやろう」
 あかん。訳わかめや…
「国が先か民が先か。卵が先か鶏が先か言うてるのと同じやろ。ウチに言わせればアホな議論や。それで地域や人が分断されるのはおかしいで」

 N高とJ高、そういえばどっちも、「日本」の頭文字やんか…

 
 次の日、最近では珍しく西澤から呼び出しの連絡が来た。
「ちょっと、これ見てみ!」
 前に見た、ヒトマケ中傷のページやった。
「何や、これ?えらい炎上しとるな」
 まあ普段も荒れとるんやけど、一方的に悪口が書かれているだけやなく、今日は誰か反論しとる。それに火が点いて馬耳雑言の飛ばし合いになっとる。参加者もどんどん増えている。
「この最初に言い返したアカウント、イーグルのメンバーか?」
「いや、知らん」
「ほな、ヒトマケか?」
「さっき確認した。違うって言うてた」
「ほな、ナショラブの自作自演か?」
「その可能性もあるな。で、火を点けたらあとはその火に集まって来た野次馬が騒ぎを大きくしてくれる。もしくは通りすがりの野良アカウントが吠えて煽って行ったのか」
 第三者が絡む喧嘩ほど、面倒臭いものは無い。
「この野次馬コメントの中に、イーグルもヒトマケも居らへんのか?」
「今の所は大丈夫みたいや。あ、ちょっとヤバいコメントや」
 見ると、リアルファイトを要求するコメント。日時まで指定している。それに対して御丁寧に返事をしている。こんなん、お互い相手にせんかったらええのに。
「あ、ウチの子、おった」
「ホンマか!誰や?」
 ウチは西澤を押し退ける様に、パソコンの画面を覗き込んだ。

「このアカウント、昴や…」

アイツはーッ!


「今日はたまたま店が休みで良かったわ」
 イーグルは盆と正月、毎月第三日曜日だけが定休日。月一度の休みってどうやねんと思うけど、自営業なんやからそんなもんはオーナーの自由や。
 西澤は、初心運転者標識の付いた軽自動車をかっ飛ばし、書き込みで指定されとった場所へ向かった。
「あれ、警察も見とるやろか?」
 もし見られたり、誰かに通報されたりしたら、学校も巻き込んでの大騒ぎになる。それはマズい。
でももし見てくれてなかったら、ケンカを止める人間がいなかったら、昴やなくても誰かが傷付く事になる。それはもっとマズい。
 ウチは、一一〇番するべきか迷った。
「私や。昴が危ない。急で悪いんやけど掻き集められるだけメンバー集めてくれ。頼むわ。場所は…」
 西澤がハンドルを握りながら、「男前に」電話を掛けとった。

 昴のアホが。挑発なんかに乗りやがって…


 現場に到着したら、お互いが罵り合っていた。
「ワレ、なに言うて〇×△□%&・・・!!!」
「アンタこそ〇×△□%&・・・!!!」
「ワシは自分の事やったら、どんだけ言われても構わへん。でも仲間のある事無い事をやな、しかも匿名で悪口を言いたい放題、それは我慢出来へん!」
「我慢出来へんかったら、どうするんや?」
「そう言うって事は、あんたらがやったって、認めたっちゅう訳やな」
「お前、アホやろ。そんなもん、ここに来とるんやから、認めるもなんもないやろ」
 目付きがヤバい。あんなに怒っとる姿は、普段の柔和な昴からは想像出来へん。
 向かい合って、数分が過ぎた。どっちが先に動き出すやろか。
 いや、そんな事言うとる場合やない!
 車の中から、西澤と飛び出すタイミングを伺う。ウチらが出る事で、余計に火に油を注いでしまうかもしれん。
「相手を、倒すタイミングやない。ケンカを止めるタイミングで、出るんや」
「ほな、止める為に、早よ、倒さんとあかんいう事やな?」
 自分の考えと違ったのか、西澤は意外そうな顔を見せた後、苦笑いを浮かべた。
 ウチはバンダナを頭に巻いて、ドアに手を掛けた。
「西澤、あんたはここにおってくれ。もし怪我人が出たらすぐに動ける様に」
「了解!」
 西澤が頷いたのを確認して、車の外に出た。ウチはボンネットの上に登って、声を張り上げた。
「アンタらが欲しいのは、ウチの首やろ!」
 皆の視線がこちらに集まった。見渡すとざっと五十人くらい。その中に昴もおった。ウチの方を見て嬉しそうに笑っとる。ほんまにあいつはどうしょうもないアホや。ほんで約半分が相手か。そして吉田がおった。敵陣の一番後ろで指示を出しとる様や。古森先輩はおらんみたいやな。
「話がしたい。アンタらの頭は誰や?」
 どっちにも怪我人は出したくない。もし話し合いが決裂したらリーダーだけシメたる。大将がやられたらケンカは終わる。偏った知識かも知らへんけど、そう思っとった。
 吉田が、すっと出てきた。
「あたしが、頭や」
 ウチはボンネットから飛び降りて、不敵な笑みを浮かべる吉田のところへ進んだ。
「このケンカは無しや。誰も負傷させとうない」
「それは出来へん相談やな」
「この前、J高で古森先輩にお茶を御馳走になった」
「聞いたで。作法にえらい苦労しとったそうやな」
「そうや。ああいうのを、文字通り無茶振り、言うんやで。緊張で味なんてわからへんかったけど、美味しかったと思う。あんたも茶道部のOBやったらわかるやろ?茶室には武士の命である刀さえ入れさせへん、利休の心や。あんたとウチは、時を隔てて同じ茶室で同じ亭主のもてなしを受けた。争う理由は無いはずや」
 うわ~、なんやこのセリフ。自分で言うてて寒ぅなってきたわ。
「ほなら、あたしらは姉妹分ちゅう訳やな。それは願ったり叶ったりや。あんたが女阪(すけばん)に来てくれたら話は早い。前にも言うたやろ?抗争を鎮めるのは、一個の圧倒的に強い組織が支配するのがええ。あんたが来れば、あたしらはそういう存在になれる」
「あんたらの仲間になるっちゅう事は、今まであんたらがやってきた事を認める事になる。それこそ出来へん相談やな」
 店の窓ガラスを割られ、謂れのない誹謗中傷の数々。一言の謝罪も無し。その仲間に入れ?呑める訳がない。それに謝られたとしても、あんたらがやっている事は、皆が幸せになれるとは思われへん。
「ほなら、しゃあないな。交渉は決裂や。あたしは与えられたミッションを果たさせてもらう」
 吉田は後ろに下がっていった。下がる直前、ウチに上目遣いでメンチ切って行ったんやけど、威圧感というよりは、何かに怯える様な、洗脳されとる様な目ぇや。

(吉田、ナショラブに反目する連中を、潰して来なさい…)

「やれ!」
 吉田の号令とともに、女阪の連中が攻撃してきた。ウチに一斉に掛かってくるかと思ったけど、誰でもええから手当たり次第に殴りかかっている様や。
 それは好都合…いや、違った。よう見たらイーグルの連中がマンツーマンでブロックしてくれとった。その中に、いつの間にか西澤もおった。
「江戸、早よ、行け。行って大将の首、取って来い」
「わかった。おおきに。直ぐに終わらせる」
 ウチはモーゼの「海割り」の神話の様に開かれた道を真っ直ぐ、吉田を目指した。
「この、バンダナ野郎が!」
 吉田のそばにおった露払いらしき奴らが殴り掛かってきたけど、張り手と蹴り二、三発で一蹴して、あっという間に吉田の前に着いた。ウチは「野郎」やない、少女や。失礼にも程があるで。
 目の前にいる吉田は、可哀想なくらい怯えとった。
 ウチにやられるかもしれない痛みの恐怖と、このミッションが失敗して、崇拝している古森先輩から見放されるかもしれない精神的な絶望感に、同時に苛まれている様に感じた。
「吉田、あんたら、ホンマのケンカをした事がないんやろ?ホンマのケンカはな、相手に致命傷を負わせる様な攻撃はせえへんねん。それは物理的にも、言葉でもや。自分がされたら嫌やからな。ヒトマケの人らが、皆のほほんとしていて良かったな。繊細な人やったらとっくに自殺していたかもしれんで」
 ウチの身長は165cm。吉田を少し見下ろしながら話を続けた。
「ホンマのケンカっちゅうんはな、相手の心と身体の痛みを全部受け切ってやるもんなんや」
 ウチは右手を大きく振りかぶった。
「あんたらがやってる事はな、人を傷付けるだけの、ただの暴力や」
 ウチが吉田に張り手を食らわせる音が鳴り響いたのとほぼ同時に、物凄いうめき声が聞こえた。低い低い、地を這う様に低く、重い…
 振り向くと、いつも明るく甲高い声の持ち主が、前のめりにぐったりと蹲ったまま、ピクリとも動かなかった。昴を打ち付けた相手は震えていた。自分がやってしまった事の大きさに、手に持っていたアルミパイプを握っていられないくらい狼狽していた。落としたパイプが地面を叩き、アルミの軽い音が響いた。

「昴―――!」
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