哀しい愛

まめ太郎

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「ずいぶん簡単な挨拶だが、まあいいか。席はそこの列の後ろが空いてるだろ?そこに座って。みんな小糸のこといじめたりせず、仲良くすんだぞ」
 草野の言葉に皆軽く頷く。
 小糸がひょろひょろとした奴ばかりのこのクラスでいじめをうけるところなんて想像もできないと、俺はハッと小さく笑った。

 小糸は俺を通り越し、右斜め後ろの席に座った。
 隣の席のクラスメイトに「よろしくな」と声をかけている。思いの外近くの席になったせいで、俺の胸が高鳴る。
 ふいに背中に視線を感じ、振り返ると小糸と目が合った。
 にこりと小糸が微笑む。
 俺はボッと顔を赤くすると、ギクシャクと笑い返した。
 顔を前に戻すと、担任がこれからの予定を説明しているところだった。
 しかしその言葉は全て俺の頭を素通りした。

 早朝、学校までの道のりを俺は走っていた。
 急いで校舎に滑り込むと、上履きを勢いよく引き出す。
 かかとを踏んだまま、クラスまでまたひた走る。
 がらりと教室の扉を開くと、自分の席に座った小糸がこちらを見る。
「おはよう」
 小糸が転校してきてから二か月。見慣れてもいいくらいなのに、未だに俺の胸は彼を見ると条件反射のようにきゅうと鳴る。
「おはよう」
 俺は走ってきたのがばれないように息を整え、上履きのかかとを直しながら小糸の傍に近づいた。

「今日の数学の予習やってきた?あれ結構難しかったよな」
「一応は解いたよ」
「本当?良かったら見せてくれないか?俺、自信なくて」
「ああ。全然、構わないけど」
 いつも通り小糸の前の席に座った俺は、彼が自分のカバンをごそごそと漁るのをじっと見つめた。

 小糸のつむじって左巻きなんだあ。可愛い。

 どうでもいいような発見ですら、彼のことだといちいち喜ばしい。
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