春に落ちる恋

まめ太郎

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 俺は目の前の仕事に集中しようとしたが上手くいかなかった。
 読んでいる書類の文字が頭を素通りしていく。
「すみません。急用ができたので、午後早退してもいいですか?」
 神谷さんは俺を心配そうに見つめた後「大丈夫?」とだけ聞いた。
 将仁さんの退職を聞いた俺は、そんなに酷い表情をしているのだろうか。
「大丈夫です。明日はちゃんと出社しますから」
 俺は無理矢理笑みを浮かべると、バックを持ち、席をたった。
 
 ここに来てもどうしようもないことは分かっていた。
 ただ足が勝手に向いてしまった。
 俺は本社の前のベンチに座っていた。
 もうすぐ三月なのに足元の落ち葉をさらう風は切り裂くように冷たい。
 これからどうしようかと考えたが、答えは見つからなかった。

「あなた…もしかして京極さんの後輩の子?」
 声の方に顔を上げると、そこにいたのはどこか見覚えのある女性だった。
「えっと…」
「あっ、私本社で京極さんと同じプロジェクトに携わっていた久保(クボ)って言います」
 俺は勢いよく立ち上がると、頭を下げようとした。
「あっ、俺、京極さんが支店にいる時指導していただいた野々原で……」
 その瞬間頭がくらりとして、俺はしゃがみこんだ。
「ちょっと、大丈夫?!」
 久保さんが慌てて俺の腕を掴み、立たせようとしてくれる。
「体がすごく冷えてる。いつからここにいたの?とにかく暖かい場所に移動しましょう」
 久保さんは俺に肩を貸すと近くの喫茶店へと向かった。

 俺を椅子に座らせると、彼女は一人で注文をしに行った。礼を言いたかったが、俺は眩暈を起こしていて、顔を上げる事さえできなかった。耳鳴りまでし始め、俺は顔を顰めると、目を閉じた。
 将仁さんと別れてから眠れない日が多かったし、食事もろくにとっていなかった。体調が悪いのも当然かもしれない。
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