春に落ちる恋

まめ太郎

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「ねえ、春。桜が満開になったわ。見に来ない?」
 母から電話でそう言われ、俺は週末に帰ると告げた。
 実家に帰る前日。
 俺は辞表を書いていた。
 将仁さんとラブホで初めて一晩過ごした時に書き上げた、適当なものではなく、手書きでちゃんと文面も考えた辞表だ。

 将仁さんと別れてから、さらに仕事にのめりこむようになった俺は、成績が同期の中でトップクラスにまでになった。
 さすが京極の後輩と言われるのは嬉しかったが、俺は今の仕事にやりがいを見いだせなくなっていた。
 このままいけば成績が良くても顧客のことを考えない、ただ商品を売るためのマシーンに俺はなってしまうだろうという予感があった。
  正直、最近俺はろくに眠れないし、何を食べても砂を噛んだような味にしか感じられなかった。限界がきたんだと、辞表に署名をしながら、苦く俺は笑った。
 そんなときに母と電話をしながら俺は密かに決意した。
 一度実家に帰って自分を立て直そう。
 将仁さんとの思い出が詰まったこの町を離れるのは辛いけれど、ここにいても将仁さんに会えるわけじゃない。
 もしここで将仁さんを探し続けたいと思ったら、また戻ってくればいい。
 母は電話で将仁さんの名前を出さなくなった。
 俺が将仁さんの話題を避けているのに気付いたんだろう。帰ったらその話もちゃんとしよう。
 将仁さんを気に入っていた母はきっとショックを受けるだろうと思うと、気分は重かった。

 昨夜、辞表を書きながらあれこれ悩んでいたせいで、俺は酎ハイを三缶も空けてしまった。
 二日酔いが酷いため車の運転は諦め、電車とバスを乗り継いで帰ることにした。

 車窓から見える風景が、だんだん緑を濃くしてゆくと実家に帰るという実感がわく。そのうち平屋と田んぼばかりの景色となる。駅からバスに揺られて実家に到着する頃には、気分の悪さもだいぶ抜けていた。
 隣の桜をちらと見ながら、俺は玄関の扉をスライドさせた。
「ただいま」
 母が居間から出てくる。
「おかえり」
 一人で帰ってきた俺に母はいつも通りそう言った。
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