春に落ちる恋

まめ太郎

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 やると決めたからには妥協を許さない将仁さんは現在の受験対策、その子供にあった指導法など、細かく分析を始めた。金融関係の本ばかりだった棚はいつの間にか「児童心理学」や「教育論」などの書籍が目立つようになった。そうやって変わっていくうちにお試しではなく、将仁さんはこの村で「先生」と呼ばれるようになっていた。
 将仁さんの個人塾の評判は口コミで広がり、あっという間に生徒が増えた。中には遠くの町から両親が車で送り迎えをするような子供まで居て、生徒の年齢も小学生から高校生までと幅広く教えるようになった。
 俺も小学生なら何とか教えられることもあったので、将仁さんを手伝い、漢字や九九を教えた。
 先日、高校受験の合格発表があった。将仁さんが指導した受験生は全員第一希望の高校に受かった。偏差値を20以上も上げた子も中にはいて、そのせいか既に来年の入塾希望者は50人を超えていた。月謝はプロの指導者ではないからと、俺も将仁さんも一般的な料金の半分ほどしかもらっていなかったが、この分なら二人の生活費くらいは稼いでいくことができそうだった。
 
「圭太。また京極先生を困らせてるんじゃないだろうね」
 背後からよく通る低い声が聞こえた。
 振り返ると、圭太の祖母が立っていた。
 圭太の婆ちゃんは80歳を超えているが、足腰もしっかりしていて、元気だ。今日もいつものように豊満な胸の目立つピチピチのТシャツにジーンズという格好だ。
 Тシャツには将仁さんの写真がプリントされ、写真の下には「I(ハートマーク)京極」という文字まで入っている。
 お婆さんはその自ら作成したТシャツがお気に入りで何枚も同じものを持っていたが、あまりに着たおしているので、写真が薄くなっていた。

「あっ、美濃部さん。こんばんは」
「いやだよお、先生。美智子って呼んでくれっていつも言っているじゃないか」
 将仁さんは美智子婆からばしりと肩を叩かれ、軽くよろめくと「ははっ」と強ばった笑みを浮かべた。
 将仁さんは一週間に一度、塾のない昼間の時間に、近所のおば様方を生徒に自宅で英会話教室を開いていた。そこに集まる主婦の方々は皆、将仁さんの大ファンで、美智子婆もその一人なのだ。
「美濃部さん、その服いい加減やめませんか?」
 将仁さんの言葉にカラカラと美智子婆は笑った。
「嫌だよ。これは京極ファンクラブの会員証なんだから。いつでも身に着けておかなきゃね」
 美智子婆の言葉に将仁さんは苦り切った顔でため息をついた。
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