335 / 336
282
しおりを挟む
俺は縁側で足をぶらぶらさせながら、目の前の桜を眺めつつ、はんぺんを齧った。
隣で将仁さんは勘蔵ちゃんに分けてもらった冷酒を飲んで、時々俺の髪を指先で弄ぶ。
俺は足を止めると、俯いた。
「将仁さん、今日も電話かかってきたんだ」
「また無言電話か?そろそろ警察に相談した方がいいかもしれないな」
将仁さんはそういうと顔を顰めた。
この二週間ほど俺達の家に無言電話がかかってきていた。二日に一度の頻度で、相手は何も言わず、少しすると切れてしまう。
特に害もないからと放っていた。
「今日のはいつもとちょっと違った。一言だけ、声が聞こえたんだ」
俺は将仁さんの顔を見上げた。
「ごめんなさいって、泣きながら…。たぶん将仁さんのお義母さんだったと思う」
俺の言葉に将仁さんがハッとした。
「ねえ、将仁さん。そろそろ実家に顔を出してみない?俺も付き合うからさ」
将仁さんは黙って首を振った。
「だって、こっちに来てから一度も実家に帰ってないでしょ?一年以上も経つのに…」
将仁さんは下唇を噛むと、厳しい目で俺を見た。
「春、俺の親父に言われたことを忘れたわけじゃないだろ?実家にお前と一緒に帰ったりしたら、親父がお前に何て言うか。もしまたお前が傷ついて、俺の元から去るようなことになったら……」
俺は将仁さんの手をギュッと両手で掴んだ。
「もう俺はどこにも行かない。俺達の帰る場所はここじゃないか。終の棲家にするんでしょ?」
俺の言葉に将仁さんが目を見開く。
「一緒に実家に行こう。お義母さん、きっと将仁さんに会いたくてたまらないんだよ。俺、今なら自信があるよ。お義父さんに絶対に別れませんって言う自信。もし俺が傷ついたって、将仁さんが俺のこと癒してくれるって信じてるし」
そう言って微笑むと将仁さんは一瞬泣きそうに顔を歪め、俺の体を痛いほどの力で抱きしめた。
「春。ありがとな」
ぽつりと将仁さんが言った。
「何が?」
「俺と恋に落ちてくれてさ」
自分の胸に温かい感情が満ちるのを感じた。
目の前にあるのは闇に浮かぶ、壮絶に美しい桜。
この恐ろしいほどに美しい景色を、これからも永遠に将仁さんと見たい。
そう思いながら俺は目を閉じると、彼と同じ時を刻む時計の嵌った腕を、そっとその広い背に回した。
終
隣で将仁さんは勘蔵ちゃんに分けてもらった冷酒を飲んで、時々俺の髪を指先で弄ぶ。
俺は足を止めると、俯いた。
「将仁さん、今日も電話かかってきたんだ」
「また無言電話か?そろそろ警察に相談した方がいいかもしれないな」
将仁さんはそういうと顔を顰めた。
この二週間ほど俺達の家に無言電話がかかってきていた。二日に一度の頻度で、相手は何も言わず、少しすると切れてしまう。
特に害もないからと放っていた。
「今日のはいつもとちょっと違った。一言だけ、声が聞こえたんだ」
俺は将仁さんの顔を見上げた。
「ごめんなさいって、泣きながら…。たぶん将仁さんのお義母さんだったと思う」
俺の言葉に将仁さんがハッとした。
「ねえ、将仁さん。そろそろ実家に顔を出してみない?俺も付き合うからさ」
将仁さんは黙って首を振った。
「だって、こっちに来てから一度も実家に帰ってないでしょ?一年以上も経つのに…」
将仁さんは下唇を噛むと、厳しい目で俺を見た。
「春、俺の親父に言われたことを忘れたわけじゃないだろ?実家にお前と一緒に帰ったりしたら、親父がお前に何て言うか。もしまたお前が傷ついて、俺の元から去るようなことになったら……」
俺は将仁さんの手をギュッと両手で掴んだ。
「もう俺はどこにも行かない。俺達の帰る場所はここじゃないか。終の棲家にするんでしょ?」
俺の言葉に将仁さんが目を見開く。
「一緒に実家に行こう。お義母さん、きっと将仁さんに会いたくてたまらないんだよ。俺、今なら自信があるよ。お義父さんに絶対に別れませんって言う自信。もし俺が傷ついたって、将仁さんが俺のこと癒してくれるって信じてるし」
そう言って微笑むと将仁さんは一瞬泣きそうに顔を歪め、俺の体を痛いほどの力で抱きしめた。
「春。ありがとな」
ぽつりと将仁さんが言った。
「何が?」
「俺と恋に落ちてくれてさ」
自分の胸に温かい感情が満ちるのを感じた。
目の前にあるのは闇に浮かぶ、壮絶に美しい桜。
この恐ろしいほどに美しい景色を、これからも永遠に将仁さんと見たい。
そう思いながら俺は目を閉じると、彼と同じ時を刻む時計の嵌った腕を、そっとその広い背に回した。
終
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
658
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる