春に落ちる恋

まめ太郎

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 俺は縁側で足をぶらぶらさせながら、目の前の桜を眺めつつ、はんぺんを齧った。
 隣で将仁さんは勘蔵ちゃんに分けてもらった冷酒を飲んで、時々俺の髪を指先で弄ぶ。
 俺は足を止めると、俯いた。

「将仁さん、今日も電話かかってきたんだ」
「また無言電話か?そろそろ警察に相談した方がいいかもしれないな」
 将仁さんはそういうと顔を顰めた。
 この二週間ほど俺達の家に無言電話がかかってきていた。二日に一度の頻度で、相手は何も言わず、少しすると切れてしまう。
 特に害もないからと放っていた。

「今日のはいつもとちょっと違った。一言だけ、声が聞こえたんだ」
 俺は将仁さんの顔を見上げた。
「ごめんなさいって、泣きながら…。たぶん将仁さんのお義母さんだったと思う」
 俺の言葉に将仁さんがハッとした。
「ねえ、将仁さん。そろそろ実家に顔を出してみない?俺も付き合うからさ」
 将仁さんは黙って首を振った。
「だって、こっちに来てから一度も実家に帰ってないでしょ?一年以上も経つのに…」
 将仁さんは下唇を噛むと、厳しい目で俺を見た。
「春、俺の親父に言われたことを忘れたわけじゃないだろ?実家にお前と一緒に帰ったりしたら、親父がお前に何て言うか。もしまたお前が傷ついて、俺の元から去るようなことになったら……」
 俺は将仁さんの手をギュッと両手で掴んだ。
「もう俺はどこにも行かない。俺達の帰る場所はここじゃないか。終の棲家にするんでしょ?」
 俺の言葉に将仁さんが目を見開く。

「一緒に実家に行こう。お義母さん、きっと将仁さんに会いたくてたまらないんだよ。俺、今なら自信があるよ。お義父さんに絶対に別れませんって言う自信。もし俺が傷ついたって、将仁さんが俺のこと癒してくれるって信じてるし」
 そう言って微笑むと将仁さんは一瞬泣きそうに顔を歪め、俺の体を痛いほどの力で抱きしめた。

「春。ありがとな」
 ぽつりと将仁さんが言った。
「何が?」
「俺と恋に落ちてくれてさ」
 自分の胸に温かい感情が満ちるのを感じた。
 目の前にあるのは闇に浮かぶ、壮絶に美しい桜。
 この恐ろしいほどに美しい景色を、これからも永遠に将仁さんと見たい。
 そう思いながら俺は目を閉じると、彼と同じ時を刻む時計の嵌った腕を、そっとその広い背に回した。
 
                                                               終
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