春に落ちる恋

まめ太郎

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彼に出会う前の彼の話

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 幼い頃から、自分は特別だという思いがあった。
 それは一人息子の教育に、異常なくらい熱心だった父親のせいもあるだろうし、負けず嫌いな自分の性格のせいもあったと思う。
 イギリスで生まれた俺は、小さな頃から勉強やスポーツなど全て平均より頭一つ分抜きんでていた。

「マサトのやつまたテストで満点だってよ」
「マジか?日本人って、皆あいつみたいに頭がいいのかな?」
「ヘイ、あいつはチャイニーズじゃなかったか?」
 同級生のチンパンジー並みの思考とからかいに、俺はいつもうんざりしていた。
 なぜできないことを諦める?
 できるやつが羨ましいなんて、指を銜えてキーキー言う前になぜできるよう努力をしようとしないんだ?

 俺は同級生たちをあからさまに見下していた。
 そういう雰囲気はどこの国でも伝わるもので、その頃の俺に友達なんて呼べる存在はほとんどいなかった。

「ねえ、マサト。遊ぼうよ」
 二つ年下の同じ日本人。陽子だけは、そんな俺と距離をとるでもなく、いつまでもつきまとってきた。
「嫌だよ。お前馬鹿なんだもん」
「ええっ。いいじゃん。お人形遊びしようよ」
「その遊び自体、馬鹿そうだから嫌だ」
 陽子はどんなに俺がきつい言葉をぶつけてもめげず、俺が酷い態度をとっても一度も泣いたりはしなかった。
 いつもおれの後をぽてぽて付いてきて、転んででこを擦りむいても、三秒後には笑っている。
 それが陽子だった。
 素直には認められなかったが、異国の地で孤独を感じていた俺にとって、陽子の存在は確かに癒しだった。

 俺が小学校五年生に上がるとき、父親の仕事の都合で日本に帰ることになった。
 父親は「日本に帰る」と言ったが、イギリスで生まれ育った俺は、一応日本語は話せるものの、日本で生活することに懐かしさや喜びは全く感じなかった。

 イギリスを発つ日、空港に俺を見送りに来たのは陽子一人だった。
「これ……」
 泣きそうな顔で差し出された陽子の手には、ピンク色のリボンが握られていた。
 それは陽子のお気に入りで、いつも彼女の髪にはこのリボンが揺れていた。
 俺はその日ばかりは憎まれ口も叩かず、黙ってそのリボンを受け取った。
 その瞬間、陽子が俺の腰に強くしがみついた。
「マサト。私大きくなったら、絶対に日本に行くから。そうしたら私のことお嫁さんにして」
 肩を震わせながら、陽子が言う。

 どんなに俺が酷い扱いをしても泣かなかったこいつが、今俺の腕の中で泣いている。
 俺はその事実に軽いショックを覚えながら、陽子の頭を軽く撫でた。
「そうだな。お前がすごい美人で賢い女性に成長したら、考えてやってもいい」
 俺がそう言うと、陽子はぱっと顔を上げ、泣きはらした目で俺を見た。
「本当?」
「ああ」
「なら私、すごい綺麗になって、勉強もたくさんして、それからマサトに会いに行く。だからマサト、それまで誰とも結婚しないでね」
「わかった」
 子供の時の簡単な口約束。少なくとも俺はそのつもりだった。
 その後、陽子は母親の手によって俺と引き離され、俺は日本行きの飛行機に乗りこんだ。
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