春に落ちる恋

まめ太郎

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「おい、てめえ、なんだ」
 玄関で叫ぶ飯塚の声が聞こえる。
 すぐにリビングの扉が開き、額に汗を浮かべた京極さんがすごい勢いで入ってくる。
「野々原っ」
 俺の後ろにのしかかっている裸の棚橋を見ると、京極さんの目がすうっっと細められた。
 京極さんは、こちらにつかつか歩み寄ると、棚橋の髪を掴み上げ、思い切り顔面を殴りつけ始めた。
 俺はそれをあっけにとられて見つめていたが、京極さんの長く白い指が棚橋の返り血で真っ赤に染まっているのに気付いて、慌てて止めに入った。

「京極さん、駄目です。死んじゃいます」
 俺が京極さんの背中に抱きつき言うと、京極さんは殴る手を止めず言い返した。
「人が大切にしてる奴を傷つけたんだ。殺されたって文句は言えねえぞ」
「殺されたら文句は言えませんて」
 俺は後ろを振り返って、ぺたりと尻餅をついてる飯塚に言った。
「お前も止めるの手伝えよ」
 見かけによらず荒事には慣れていないのか、飯塚は震えながら、小さく首を振るだけだった。
 俺がどうしようと思っていると忍が立ち上がり大声で怒鳴った。
「京極さん。春はまだ何にもされてません。俺のマンションで人殺しとかやめてっ。物件価値が下がっちゃう」
 京極さんはぴたりと殴るのをやめると、忍をぎろりと睨みつけた。
「早瀬、お前もグルか?」
「そうと言えばそうだし、違うと言えば違います」
 俺は内心京極さんが忍まで殴りつけたらどうしようとびくびくしていたが、京極さんは舌打ちすると、立ち上がり飯塚の前でしゃがみこんだ。

 飯塚の前髪を掴み、思い切り壁に当てる。
 ドンっという振動がこちらまで響き、「ぐっ」と飯塚の呻き声が聞こえた。
「もう二度と春にも早瀬にも関わるな。分かったな」
 飯塚が恐怖で目を見開いていると、京極さんはもう一度飯塚の頭を壁にぶつけた。
 先ほどと同じ大きな音がした。
「分かったのかよ?」
 京極さんの組の人間かと思わせる恫喝に、飯塚は涙目で頷いた。
「じゃあ、さっさとあのデブ連れて失せろ」
 この京極さんの言葉にも飯塚は無言で何度も壊れたロボットのように頷き、棚橋を揺さぶって起こすと、二人で部屋から逃げるように出て行った。
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