春に落ちる恋

まめ太郎

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「あっ、久しぶり。えっとね、今日なんだけど…」
「もしかして、こっちに来るの?ちょうどよかったわ。去年咲かなかった桜の大木、今年は開花したのよ。見にいらっしゃいって連絡しようと思ってたの」
 母親の言葉が聞こえたようで、京極さんがにんまりと笑う。
「うん、そう。今日行こうかなあって……それで、それでね、母さん」
 俺が言い淀んでいると、京極さんが口をぱくぱくさせながら、自分を指さしている。
 まさか電話を替われとでもいうのだろうか。
 そんなの絶対に無理だと思い、俺は受話器に向かって叫んだ。
「彼氏も一緒に連れて行くからっ」
 それだけ言うと、俺はぶちりと通話を切った。
 まるで1000メートルを走り切った後のような疲労感が俺を襲う。
「よし、良く言った。さあ、着替えて出発だ」
 京極さんがうきうきと楽しそうに言う。
 俺はため息をつくと、ベットから立ち上がった。

 京極さんはいつも大事な商談の時に着ているオーダーメイドのスーツに着替えると、勝負ネクタイだという臙脂色のタイを締めた。
「スーツなんか着なくていいですって」
 俺はジーンズに白いシャツ、パーカーという格好で京極さんに言った。
「こういうのは何事も初めが肝心だからな」
 京極さんは頑なにスーツを着ていくと譲らなかった。

「よし、行くか」
 車のキーを持ち、京極さんが玄関に向かう。
「あっ、駄目です。まずレンタカーを近くで借りましょう」
 俺はその背中を呼び止めた。
「レンタカー?なんでだよ?」
「うちの実家、ド田舎なんです。車どろどろになるし、傷もつきますよ」
 別にそんなの気にしないと渋る京極さんをレンタカーショップに連れて行き、適当なワゴンを借りる。
「ここから片道二時間はかかりますから」
 俺はナビに実家の住所をセットしながら言った。
 実家近くまで京極さんが運転するという。俺はその言葉に甘えて助手席に乗った。
 車が動き出すと、俺はこれから京極さんと母親を会わせるんだと実感しはじめ、胃が重くなった。
 暗い表情で前を見つめる俺の手に暖かいものが触れる。京極さんがハンドルを握っていないほうの手で俺の手を握り締めていた。
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