春に落ちる恋

まめ太郎

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 京極さんがその場で大きく伸びをした。
「空気がうまいな」
 京極さんがふわりと笑って言う。
 実家の裏手は竹やぶで、前は林に覆われていた。
 林の奥まで行けば小川が流れ、タヌキなどが普通に生息している。
 夜には星が望遠鏡なんてなくても落ちてきそうなくらい、まばゆく輝く。
 確かに最寄りのコンビニまで30分はかかるこの村に、魅力を感じない人も多いだろう。だが、俺にとってはどこよりも安らげる土地だった。

「そうだ。京極さんこっちに来てください」
 俺は京極さんの手を引き、隣家の裏庭に連れて行った。
「おっ、おい。勝手に入って大丈夫なのか?」
「平気、平気。誰もいないから」

 そう言って着いた先にあったものは、巨大な桜の老木だった。
 はらはらとまるで大粒の雪のように、薄ピンクの花弁を惜しむことなく散らしている。
「すげえな」
 京極さんは木のてっぺん辺りを眺めながら、あっけにとられたように呟いた。
 そしてゆっくり桜に近づくと、その幹に触れる。
 俺はそんな京極さんに後ろから抱きついた。
「去年はこの桜、咲かなかったんです。もう寿命かなって母と話していたんですけど…今年は満開になってよかった」
 京極さんがこちらを向くと、俺を抱きしめた。
 見上げると、京極さんが微笑んでいた。
「俺、本当は桜って苦手だったんだ。でもこの桜を見て考えが変わったよ」
「日本人で桜が苦手って珍しいですね」
 俺がそう言うと京極さんはあいまいに笑って、俺と手を繋いだ。
「さあ、春の家に行こう。俺、お母さんに会ってもいいんだよな?」
 京極さんの問いに俺は一瞬動きを止めたが、すぐに深く頷いた。
 京極さんも小さく頷くと、桜が舞う中、俺たちは歩きはじめた。
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