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京極は、鶴子と唐突に二人きりになり、緊張がぶり返してきた。
崩していた足を正座に戻すと、背筋を伸ばす。
「お茶でもいれましょうか」
鶴子が台所へ消えると、京極は詰めていた息を吐いた。
春は母親似だったんだな。
ぼんやりとそんなことを京極は考えた。
長い髪を一つに結わいている春の母親は、実年齢より若く見えた。
看護婦をしているというだけあって、機敏にてきぱきと動く。
おっとりしている自分の母親を思い出し、正反対だと京極は思った。
その時鶴子がお盆に二つ湯飲みを乗せ、戻って来た。
「どうぞ」
京極の前に湯飲みの片方を置く。
湯飲みの中の緑茶には、桜の花弁が浮かんでいた。
口に含むと、桜の塩漬けがアクセントになっていて美味しい。
京極が一口飲んでほうっと息を吐くのを、鶴子は微笑みながら見つめていた。
「あの子が恋人を連れて来るなんて初めてだから、びっくりしちゃった」
手の中の湯飲みを眺めながら鶴子が言った。
「ご連絡が当日になってしまい、申し訳ありません」
京極が慌てて言う。
「いいの、いいの。あの子、いつも来るときに連絡なんてほとんどしないんだから。まあ、実家何てそんなものよね。…今日はあなたと春が楽しそうにしているところが見られて私、本当に嬉しいの。ほら、あの子も色々あったじゃない?」
鶴子の言葉に京極が首を傾げた。
その様子から、鶴子はとっさに自分の口を押さえた。
「ごめんなさい。なんでもないの」
「はあ」
京極は釈然としない思いを抱えながらも頷いた。
ふいに沈黙が落ちる。
「ねえ、京極さん。これは母親としての身勝手なお願いなんだけど…」
鶴子はそこまで言うと、京極を真正面から見据えた。
「もしあの子が今後、何かあなたに打ち明けたら、そのことであの子を拒絶しないであげて欲しいの。そしてできればあの子の傍に寄り添って……」
鶴子は、口元に自嘲の笑みを浮かべ言葉を切った。
「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」
「いえ」
京極も鋭い視線で鶴子を見つめ返した。
「お母さん。これだけはお約束できます。俺はこれからもずっと春君と一緒に生きていくつもりです。春君自身が僕を拒絶しないかぎりは、ですが」
鶴子は京極の言葉にはっと目を見開いた。
「ええ、それだけで十分すぎるほどだわ」
穏やかな笑みを浮かべると、鶴子は正座をしたまま京極に深く頭を下げた。
「京極さん、あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
崩していた足を正座に戻すと、背筋を伸ばす。
「お茶でもいれましょうか」
鶴子が台所へ消えると、京極は詰めていた息を吐いた。
春は母親似だったんだな。
ぼんやりとそんなことを京極は考えた。
長い髪を一つに結わいている春の母親は、実年齢より若く見えた。
看護婦をしているというだけあって、機敏にてきぱきと動く。
おっとりしている自分の母親を思い出し、正反対だと京極は思った。
その時鶴子がお盆に二つ湯飲みを乗せ、戻って来た。
「どうぞ」
京極の前に湯飲みの片方を置く。
湯飲みの中の緑茶には、桜の花弁が浮かんでいた。
口に含むと、桜の塩漬けがアクセントになっていて美味しい。
京極が一口飲んでほうっと息を吐くのを、鶴子は微笑みながら見つめていた。
「あの子が恋人を連れて来るなんて初めてだから、びっくりしちゃった」
手の中の湯飲みを眺めながら鶴子が言った。
「ご連絡が当日になってしまい、申し訳ありません」
京極が慌てて言う。
「いいの、いいの。あの子、いつも来るときに連絡なんてほとんどしないんだから。まあ、実家何てそんなものよね。…今日はあなたと春が楽しそうにしているところが見られて私、本当に嬉しいの。ほら、あの子も色々あったじゃない?」
鶴子の言葉に京極が首を傾げた。
その様子から、鶴子はとっさに自分の口を押さえた。
「ごめんなさい。なんでもないの」
「はあ」
京極は釈然としない思いを抱えながらも頷いた。
ふいに沈黙が落ちる。
「ねえ、京極さん。これは母親としての身勝手なお願いなんだけど…」
鶴子はそこまで言うと、京極を真正面から見据えた。
「もしあの子が今後、何かあなたに打ち明けたら、そのことであの子を拒絶しないであげて欲しいの。そしてできればあの子の傍に寄り添って……」
鶴子は、口元に自嘲の笑みを浮かべ言葉を切った。
「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」
「いえ」
京極も鋭い視線で鶴子を見つめ返した。
「お母さん。これだけはお約束できます。俺はこれからもずっと春君と一緒に生きていくつもりです。春君自身が僕を拒絶しないかぎりは、ですが」
鶴子は京極の言葉にはっと目を見開いた。
「ええ、それだけで十分すぎるほどだわ」
穏やかな笑みを浮かべると、鶴子は正座をしたまま京極に深く頭を下げた。
「京極さん、あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
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