春に落ちる恋

まめ太郎

文字の大きさ
上 下
78 / 336

69

しおりを挟む
 京極は、鶴子と唐突に二人きりになり、緊張がぶり返してきた。
 崩していた足を正座に戻すと、背筋を伸ばす。
「お茶でもいれましょうか」
 鶴子が台所へ消えると、京極は詰めていた息を吐いた。
 春は母親似だったんだな。
 ぼんやりとそんなことを京極は考えた。
 長い髪を一つに結わいている春の母親は、実年齢より若く見えた。
 看護婦をしているというだけあって、機敏にてきぱきと動く。
 おっとりしている自分の母親を思い出し、正反対だと京極は思った。
 その時鶴子がお盆に二つ湯飲みを乗せ、戻って来た。
「どうぞ」
 京極の前に湯飲みの片方を置く。
 湯飲みの中の緑茶には、桜の花弁が浮かんでいた。
 口に含むと、桜の塩漬けがアクセントになっていて美味しい。
 京極が一口飲んでほうっと息を吐くのを、鶴子は微笑みながら見つめていた。

「あの子が恋人を連れて来るなんて初めてだから、びっくりしちゃった」
 手の中の湯飲みを眺めながら鶴子が言った。
「ご連絡が当日になってしまい、申し訳ありません」
 京極が慌てて言う。
「いいの、いいの。あの子、いつも来るときに連絡なんてほとんどしないんだから。まあ、実家何てそんなものよね。…今日はあなたと春が楽しそうにしているところが見られて私、本当に嬉しいの。ほら、あの子も色々あったじゃない?」
 鶴子の言葉に京極が首を傾げた。
 その様子から、鶴子はとっさに自分の口を押さえた。
「ごめんなさい。なんでもないの」 
「はあ」
 京極は釈然としない思いを抱えながらも頷いた。
 ふいに沈黙が落ちる。
「ねえ、京極さん。これは母親としての身勝手なお願いなんだけど…」
 鶴子はそこまで言うと、京極を真正面から見据えた。
「もしあの子が今後、何かあなたに打ち明けたら、そのことであの子を拒絶しないであげて欲しいの。そしてできればあの子の傍に寄り添って……」
 鶴子は、口元に自嘲の笑みを浮かべ言葉を切った。
「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」
「いえ」
 京極も鋭い視線で鶴子を見つめ返した。
「お母さん。これだけはお約束できます。俺はこれからもずっと春君と一緒に生きていくつもりです。春君自身が僕を拒絶しないかぎりは、ですが」
 鶴子は京極の言葉にはっと目を見開いた。
「ええ、それだけで十分すぎるほどだわ」
 穏やかな笑みを浮かべると、鶴子は正座をしたまま京極に深く頭を下げた。

「京極さん、あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

黄金郷の夢

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:391

真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,279pt お気に入り:245

お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,618pt お気に入り:124

皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

BL / 連載中 24h.ポイント:915pt お気に入り:301

二番目の夏 ー愛妻と子供たちとの日々— 続「寝取り寝取られ家内円満」

kei
大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:26

聖女と聖女とその娘 ~百合婚で生まれた娘は美少女にモテ過ぎる~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:131

残業シンデレラに、王子様の溺愛を

恋愛 / 完結 24h.ポイント:617pt お気に入り:331

処理中です...