春に落ちる恋

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　あの時からずっと俺は、真司さんが海に指示して俺を襲わせたと思っていた。

「真司にばれないようにやろうと思ったのに、あいつ最悪のタイミングで帰ってくんだもん。春が帰ったあと、俺達全員真司に顔のカタチ変わるまで殴られたんだぜ。俺なんかあの店出入り禁止になった上、当分顎の調子も悪くてさあ」
　さもおかしいことがあったかのように、海が笑いながら言う。
「野間たちなんかあそこ思いっきり踏みつぶされて。いや、同じ男として同情するね。それで…」
「なんで？」
　ぺらぺらとしゃべる海の話を遮って、俺は聞いた。
「えっ」
「じゃあ何で海は俺にあんなことしたの？真司さんに頼まれたんじゃなかったのなら、どうして野間たちに協力したの？」
　俺は顔を上げ、海を睨みつけた。
「ああ、春とヤレたら三万だすって野間が言うから」
「たかが三万で俺にあんなことしたのっ？」
　あの時の記憶に、俺がどれだけ今まで苦しめられたか。罪悪感のせいで好きな相手に素直に好きと言えず、どれだけ悩んできたか。
　ありったけの思いをぶつけるように俺は叫んだ。

「たかが三万…ねぇ」
　海はぽつりとつぶやくと底の見えない不気味な笑みを浮かべた。
　立ち上がり、俺の傍に近づく。
　俺はソファの上で後ずさった。
　海が俺に覆いかぶさる。
「春、覚えとけ。たかが三万で人殺しだってする奴が、この世の中には存在するんだ。金に困ったことのないお前には、分からないだろうけどな」
　そう言うと、海は俺の首に両手を巻きつけゆっくり締め始めた。
　苦しさのあまり俺はその手に思い切り爪を立てた。ようやく海が手を離し、血が滲んだ甲を舐める。
　俺はうつぶせになり、何度も空咳をした。

「春」
　俺は恐る恐る顔を上げた。
「俺、ちょっと色々まずいことになっててさ。とりあえず、この部屋に当分住まわせてくれよ。な？」
　先ほどまで自分の首を絞めていた相手とは思えないほど、一点の曇りもない笑みを浮かべながら海が言う。
　俺はそんな海を凝視しながら、指先一つ動かすことができなかった。