春に落ちる恋

まめ太郎

文字の大きさ
上 下
142 / 336

116

しおりを挟む
 後ろからの声に振り返ると、腰の高さ位から見上げている瞳と目が合った。
 車椅子に乗った真司さんの妹だった。
 とても細いという印象は変わらなかったが、昨日ベットで寝ている時より、だいぶ元気そうに見えた。
 ただ鼻から繋がっている酸素ボンベが痛々しかった。

「えっと、これ、昨日お兄さんが忘れて行って」
 まさか妹と対面するとは思わず、俺はしどろもどろになりながら答えた。
 俺の返事に何故か妹さんはぱあっと顔を輝かせた。

「お兄ちゃんのお友達なんですか?」
「まあ、そんな感じかな」
 友達なんかじゃないだろと内心つっこみながら、俺は引きつった笑みを浮かべた。
「そうなんですね。あの、ちょっとお話しませんか?私退屈してて」
 そう言うと俺の返事も聞かず、慣れた様子で彼女はくるっと体を反転させた。
 俺はそんな彼女を無視できなくて、その後をゆっくりついて行った。彼女の年齢は聞いていなかったが、高校生くらいに見えた。

 彼女は自分の病室の前で止まると、俺にいたずらっぽく微笑みかける。
「個室なので、騒いでも大丈夫なんです」
 彼女はそう言うと、スライド式のドアを開け、中に入った。
「そこ、座ってください」
 パイプ椅子を一つ勧められ、俺は言われるがままに腰かけた。
 ベット脇のビニールの袋から、妹さんがお茶のペットボトルと小さな焼き菓子を取り、俺に手渡す。
「ありがとう」
「こんなものしかなくてごめんなさい」
 彼女は微笑んでそう言った。

「あっ、名前も言ってなかったですよね。川瀬真美(カワセ マミ)って言います」
「野々原春です」
 俺も合わせて名乗った。
「野々原さんはお兄ちゃんとどこで知り合ったんですか?」
 妹さんの問いかけに俺は目を泳がした。
「えっと、学生時代からの友達っていうか…」
 俺が言葉を濁したのが伝わったのだろう、彼女の方からにっこり笑って話題を変えてくれた。

「そのマフラー私が編んだんですよ」
「えっ、川瀬さんが?」
「真美でいいです」
「えっと、真美ちゃん器用なんだね」
 俺の言葉に真美ちゃんが苦笑した。
「嘘ばっかり。私、ベッドの上で一人でできる事、色々チャレンジしたんです。ぬり絵、ジグソーパズル、読書…。その中でも編み物は、一番むいてなかったなあ」
 俺の手からマフラーを取ると、真美ちゃんは優しくそれを撫でた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

翠も甘いも噛み分けて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:114

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,202pt お気に入り:745

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,011

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:302

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:2,623

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:138

処理中です...