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140 心菜は中庭で語る

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▫︎◇▫︎

 さあっと駆け抜ける肌寒い秋の風。
 透き通った空が見える中庭には、2人の男女がいた。
 片方の少女は心菜で、片方の男子は立花だ。
 立花の手にはトランペットが握られていて、心菜はこてんと首を傾げている。

「ねえ、それなあに?」
「トランペット」
「? ………それは知ってるよ?」

 中庭のベンチに腰掛けて足をぷらぷらと揺らしている心菜は、なおのこと幼い仕草で大きく首を傾げた。仔猫のように気まぐれな仕草で風に揺られる漆黒の長髪を耳にかけながら、心菜はじっと彼に視線を向ける。

「高梨が………、」
「ゆーなちゃんがなに?」

 言いにくそうな彼を促すために、心菜はいつもの無表情でありながら、柔らかい声音で問いかけた。

「………吹奏楽部の演奏、楽しみにしてたって言ってたから」

 心菜はすっと目を見開くと、苦笑して青い空を見上げた。どこまでも青く、美しい空。荘厳で広い、どこまでも自由な世界。心菜が幼き頃から憧れてきた世界は、今日も心菜を見守ってくれている。

「あぁー、………うん。結構楽しみにしてた。毎年さ、ぼっちでぐるぐる見て周りながら、演奏だけはしっかり聴いてたし」

 声に出すと、なんだかしっくりきた。演奏自体は結構好きだった。けれど、ここまで楽しみにしていたとは夢にも思っていなかった。だからこそ、心菜は寂しげな表情をしてしまう。中学校生活最後の演奏を、一生に1度しか見られない“中学校3年生の文化祭の演奏”を聞き逃してしまったから。
 けれど、立花がピクっと反応したのはそこではなかった。

「………ぼっち」
「? ーーーそう。ぼっち。私、友達少ないんだよ?」

 自分で言っていて悲しくなる。
 けれど、心菜は現実から目を背けない。
 背くことを嫌う。

「知ってる。でもそれは、お前が望んでのことだろ?」
「………望んではいないわ。けれど、信の置けない友人を持つこともまた、望んではいないわ」
「ーーー難しいな」
「ふふっ、そっか」

 ーーーなら、理解しなくていいよーーー

 心菜は一言こくんと飲み込むと、ふっと寂しげに微笑んだ。誰にでも理解されるとは思っていない。詩的な言葉。けれど、心菜はこの言葉を使うことを好んでいた。

(また、どこでも良い顔をしてハブられるのは嫌だもん。少ない友人でも、その人たちに好まれていたらそれでいい)

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読んでいただきありがとうございます😊😊😊

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