明治あやかしとりかえ子奇譚

シェリンカ

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壱 籠の鳥

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 外国や国内の遠地から、多くの人や物資を運んで来た巨大な商船が、ずらりと船首を並べる国内屈指の港。それを遥か下方に見下ろす丘に、巨大な屋敷がある。
 つづら折りの坂道を上った先に、延々と連なる白い土塀どべい。丘の上全体を覆うようなその塀の内側が全て、一つの邸宅の敷地だというのだから圧巻あっかんの広さだ。

 古くからの土地の名士めいしで、血筋をさかのぼれば皇家すめらぎけにも繋がる名家めいか――月照院げっしょういん
 由緒正しいその家の表玄関だという、黒々としたかわらいた巨大な楼門ろうもんの前で、朔はぽかんと大きな口を開け、頭上を見上げていた。

「おっきい……」

 思わずれた真正直な感想に、天晴が扇で口元を隠して「くくく」と笑う。

「おっきいよねぇ」

 彼の隣に立つ光流は、眉をひそめて、朔をふり返った。

「馬鹿みたいに口を開けるな。しっかり閉じていろ。お前もだ、天晴……行くぞ」

 門の向こうから案内のために出てきた男性の後を追い、光流は望を促し、大きな門をくぐって屋敷の敷地内へ踏みこんでいく。
 朔もすかさずその後を追おうとすると、天晴にそっと扇を目の前にかざされ、動きを止められた。

「ごめんね、朔ちゃんはここからは入れないんだ……こっち」

 そのまま誘導された先は、巨大な門のすぐ隣にある、通用門つうようもんらしき小さなくぐり戸だった。

「俺もここからだから、大目に見て……行った先でもいろいろと嫌なことがあるかもしれないから……先に謝っとく。ごめんね」
「嫌なこと?」

 朔は首を傾げたが、天晴は答える気がないらしい。
 通用門の内側にいた女性に、にこやかに話しかける。

「お嬢様も一緒にお連れしました……いいですよね?」
「…………」

 怒ったような表情の女性は、天晴の笑顔にもその渋面じゅうめんを崩さず、返事さえしない。
 朔をにらむように見て、きびすを返して去っていく。

「…………?」

 何か不快にさせるようなところでもあっただろうかと、朔は思わず自分の姿を見回した。
 この町へ来るまでの間に、泊まった宿屋で念入りに風呂にも入ったし、光流が準備してくれた、これまで着たこともない上等な着物に着替えた。
 長い髪も綺麗にくしけずって背中で結わえているし、つい先日までのひどい有様ありさまとは別人のようだ。

 それでもやはりどこかがおかしいのだろうかと、腕を上げてみたり、首をひねって背中を見てみようとしたり、必死な朔の頭を天晴が軽く叩く。

「どこもおかしくないよ、可愛いよ」
「――――!」

 初めて会った時からずっと、天晴は軽口ばかり叩いているので、朔はからかわれたのだと思い、キッと睨むように彼の顔を見上げた。
 しかし天晴はまったく笑っておらず、いっそいつもより真剣な顔で、歩き去る女性の背中を真っ直ぐに見つめている。

「ただ、ここは……ううん、これから君が生きていく世界は……そういうところなんだ。ごめんね」

 先ほどから謝ってばかりの彼は、いつもの着流きながしに打掛うちかけという格好ではなく、もんの入った黒い羽織はおりにしま模様のはかま穿いている。
 普段はらしている肩までの髪も、きっちりと結わえており、そのためなのか、印象がかなり違う。

 朔には視線を向けず、小さな通用門を潜って歩き始めたその背中を、朔も慌てて追ったが、陽の光を集めたかのような天晴の金色の髪が、今日はさらさらと揺れないことに少し寂しさを感じていた。



 別々の門を潜って敷地内へ入ったものの、望と光流とも目指す先は同じで、朔と天晴はすぐに彼らと合流した。

(望……!)

 朔の姿を見つけて、嬉しそうに笑う望を見る朔こそ、心から安堵あんどしている。
 望も光流も、天晴と同じように羽織と袴姿だが、胸に描かれた紋は三人とも異なる。

(家紋……なのかな……?)

 望の胸に描かれているのが、双子が身につけている守り袋や、光流に見せてもらった印籠いんろうに描かれていた細い三日月なので、おそらくそうなのだろうと予想する。
 光流はつらなる星、天晴は太陽をした紋なのが、初めて会った夜の二人の姿を彷彿ほうふつとさせ、印象的だった。

 手入れの行き届いた広い庭を抜け、歴史を感じさせる古い日本家屋へ到着すると、朔はまた天晴と二人で、朔と光流が入った正面玄関とは別の入り口まで歩かされる。

(いったい、どうしてだろう?)

 長い廊下をいくつも曲がり、やしきのもっとも奥にある、広い中庭に面した部屋へ通された時も、望は部屋に敷き詰められた畳の中央へ案内され、朔は部屋へ入る前の廊下に座るようにと指示された。

 望を背後から見守ることが出来るので、朔は特に不満もないが、望より少し下がった位置に座る光流は、申し訳なさそうに頭を下げる。
 光流の座る位置と、朔より更に後ろで控えている天晴の座る位置の差も、朔には理由がよくわからない。

 謎なことばかりだと首を捻っていると、部屋の右奥のふすまが開き、着物姿の女性が入ってきた。
 上品な色あいの小紋こもんの着物に銀地の帯を締め、帯留めには大きな瑪瑙めのうたまが連なる。白いもののほうが多い髪を丸髷まるまげに結いもとどりには銀のくししている。

 女性はいかにも気難しそうな厳めしい顔で、上座に腰を下ろしたが、部屋の中ほどで平伏へいふくしている望の姿を見ると、くしゃっと表情をゆがませた。

満夜みつや……!」

 目頭めがしらを押さえてうつむいてしまったので、部屋のすみに控えていた老女が中腰のままにじり寄る。
 手渡された手巾しゅきんで溢れる涙を拭いながら、女性は震える声で望に命じる。

「もっと近くに来て、顔をよく見せておくれ」

 望は自分の斜め後ろに控えている光流をふり返り、彼がかすかに頷くのを確認してから、中腰で女性の近くへと移動した。

「なんとまあ……生き写しな……」
「ようございました! ほんにようございましたね、奥さま!」

 二人の老女は手を取りあって喜んでいる。
 望がとても歓迎されている様子を見て、朔もほっとしていた。

(よかった……これからここで生きていける)

 しかし、女性たちは熱心に望の生い立ちやこれまでの生活について、光流や望本人にたずねているが、いつまでっても朔の話題には移らない。
 部屋の外の廊下に控えているとはいえ、障子は開いたままであり、姿も見えているはずなのに、視線さえも向けられない。

「それで、双子のお嬢様についてなのですが……」

 頃合いをみて光流が切り出してくれたが、その瞬間に、女性は鎮座ちんざしていた座布団ざぶとんからすっくと立ち上がった。

「大切な跡取あととりを見つけ出し、ここまで連れてきてくださったこと、深く感謝いたします、久遠寺くおんじ様……後日また改めて、ご本家のほうへお礼にうかがいます。内々に取り決めしたいこともございますので、本日はこれで……」

 帰れという意味あいのことを言い渡され、光流はいったん口をつぐんだが、わりに朔の後方から明朗めいろうな声が響いた。

「見えてはいらっしゃるのでしょう? こちらもそのご令息れいそくと同じ、大切なご子息しそくの血を継いだ、れっきとした月照院のお嬢様ですよ?」
「天晴!」

 光流の叫びに、女性の声が重なる。

無礼者ぶれいもの!」

 その眼差しは強く、自分の横を通り過ぎて後ろの天晴を睨んでいるはずなのに、朔もびくりと肩を震わせてしまった。

 背を向けているので天晴がどういう顔をしているのかは確認できないが、声だけ聴いているといつもの飄々ひょうひょうとした調子で、ののしりにもひるまず話し続ける。

「そうおっしゃられると思ったので、成り上がりな上に異国の地が混じった成金なりきん華族は、こうして廊下に控えております……しかし私と違って彼女は、確かにこの月照院の血を引くご令嬢です。違いますか?」

 女性が天晴へ向けていた目を朔に移し、それからすぐ目の前にいる望と何度か見比べた。
 男女の双子であるのに二人が瓜二つの顔をしていることは、近所の者たちを驚かせるほどだ。

「……………」

 女性も同じように感じたらしく、悔しそうに唇を噛み、脇に控えていた老女へ命じる。

はなれに部屋を準備なさい。そこで、所作しょさ行儀作法ぎょうぎさほうを正し、芸事げいごとを習い、さまになるようなら月照院の娘として扱います。それまでは、遠縁とおえんの娘が行儀見習ぎょうぎみならいに来ているということで……」
「はい」

 さっと部屋を出ていく老女に続き、女性自身も退室しながら、声音を優しくして望に語りかける。

「望さんも、明日から勉学べんがくの先生がいらっしゃいますから、よくはげまれてください」
「はい」

 望の返事に少し表情をやわらげて、女性は部屋を出て行った。
 朔には言葉をかけるどころか、視線を向けることさえなかった。
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