明治あやかしとりかえ子奇譚

シェリンカ

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弐 とりかえ子

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「まあ、よくある話だよ……俺は、父――ご時世じせいに乗って貿易会社を立ち上げ、異国との取引で、一代でざいした、宝生ほうしょう男爵だんしゃく――の息子ではあるが、彼が家柄いえがらの|不足|《ふそく》をおぎなうため、由緒ゆいしょ正しい樺山かばやま伯爵はくしゃく家から迎《むか》えた妻の息子ではない……」

「え……」

 西洋の城のような家を出て、再び乗合馬車に揺られながら、天晴はまるで噂話か何かのように、己の身の上を語る。
 朔は驚いて言葉に詰まっているのだが、本人はまるで気にしているふうはない。腕組みをして座席に腰掛け、時々窓の外の景色に視線を向けながら、顏には笑みさえ浮かべている。

 ガタゴトと馬車に揺られながら、朔は天晴の話の続きを待った。

「異国の商法を学び、見聞《けんぶん》を広げるため、全財産を投げ打って海を渡った男が、帰国の際に連れ帰った実子だというのだから、父の子であることは確かなのだろうけれど……母がどんな人なのかは、改めて聞いたことはないな。いつか日本へ呼び寄せるため、やしきの一画に部屋を準備して、ドレスなんかもそろえているくらいだから……実在する外国の女性ではあるのだろうけどね」

 いたずらっぽくぱちりと片目をつむってみせた天晴の金色の髪が、陽の光を反射してきらめき、朔は納得するものがあった。

(そうか……異国の血が混じっているから、天晴さまの髪はこういう色なのか……)

 朔の祖母の菊乃きくのと対峙した際も、確かそういうことを言っていた気がする。

 ついまじまじと見つめてしまう朔の視線をいとうこともなく、天晴はまっすぐに見つめ返す。

「そういうわけだから、あまり気にしないで……それよりも……あわてて見繕みつくろったにしては、似合にあってるんじゃない?」

 天晴の家でりた服をめられ、朔は慌てて自分の姿を見直してみた。
 えりそでだけが白い別布べつぬのあつらえられた、濃紺のうこんのドレス。同色の布を腰で結び、美晴のように髪にも結んだ。

 すそが大きくふくらんだ型ではないので、最近華族の間で流行しているというダンスパーティーの際に着る盛装せいそうではないのだろうが、光沢こうたくのある生地で作られており、ひんい。
 服に合わせてかわくつも借りたが、初めていたので不思議な感覚だ。

 きょろきょろと自分の服装を確認している朔を、天晴が笑ってうながした。

「大丈夫。どこから見ても良家りょうけのお嬢様だよ……そろそろ降りるよ」

 馬車の前方の窓を叩いて馭者ぎょしゃに声をかけ、馬車を止めると降りていく。
 朔も慌ててその後を追った。



 二人が乗ってきたのと同じような馬車が行き交う大通りは、多くの人と馬車と人力車じんりきしゃで込みあっている。
 天晴は人波ひとなみの真ん中を歩いているのだが、不思議と前から来る人とぶつかったりはしない。
 よく見ていると、誰もが彼を微妙びみょうけているふうなことに朔は気がついた。

(そうか……)

 さらさらと揺れる天晴の金色の髪に目を留めた者は、あるいは気まずそうに眼をらし、あるいはおびえたように距離を取る。
 天晴はそういう状況も、まったく気にしているふうはないが、朔は胸が少し苦しくなる。

(こんなに奇麗なのに……)

 陽の光を反射する髪に目を細めながら、天晴の後をついて歩くと、ふいに振り返った彼に「ありがとう」と笑われた。

「――――!」

 どうして天晴にはいちいち、朔の考えていることが伝わってしまうのだろうかと、口にするのもおかしな疑問を、思い余って口に出してしまいそうになった時、二人の前に背の高い男が立ちはだかった。

「遅い!」

 道行く人が避けて通る天晴の行く手をはばんだばかりか、その真正面に立って、まっすぐに怒りの眼差しを向けてくる人物の登場に、朔はなぜだか安堵の思いを覚えている。

光流こうりゅうさま……)

 光流は切れ長の目をり上げて、天晴をにらんだ。

「いったいいつまで待たせるつもりだ! 急いで来いと俺は言っただろ! お前の最速は、のんびり待合馬車に揺られて来ることなのか?」

 きつい調子で問い詰められているというのに、天晴は朔と同じで、光流が現れたことがとても嬉しそうだ。にこにこと笑っている。

「だって、仕方ないだろ……父が留守の間は、あの家の人力だって、馬車だって、俺に使う権利はないんだ……だったら、誰もが利用できる乗合馬車しかないだろう?」
「走ってこい!!」

 周囲の視線が集まるほどの大声で叫んでしまったことが気まずかったのか、光流はごほんと一回咳払いをして、いったん口をつぐんだ。
 その際、天晴の背後に朔が居たと初めて気がついたらしく、慌てて少し距離を置く。

櫻子さくらこどの!?」

 新しくつけられた名前で呼ばれることには複雑な思いがあったが、朔は素直にうなずいた。

「はい。こんにちは、光流さま」

 瞬間――光流が天晴の着物の襟を掴んで、通りのはしへと引きずるように連れていく。

「貴様! どういうつもりだ?」

 突然の光流の剣幕けんまくに、朔は驚いて二人の後を追うが、引きずられている天晴が動じているふうはない。

「どういうって……今から行く場所に、大の男二人連れってのは、さすがに無理があるから、いかにも行きそうな年頃の朔ちゃんに同行してもらおうと、誘ってきたんだよ」
「いったいどうやって月照院げっしょういん家から連れ出した? 屋敷から……いや、確か、離れから出ることも禁止されているはずだ」

 それまでずっと柔和にゅうわな笑みを浮かべながら、光流の言葉を受け流していた天晴の顔つきが、ふいに変わった。すっと真顔になり、自分の襟を掴んでいる光流の手首をにぎる。

「それがわかっていながら、お前は何をして……いや……どうして何もしないんだ?」
「俺は……!」

 光流は勢いこんで口を開きかけたが、途中でそれをやめ、唇を噛んで天晴から目を逸らす。

「他家の事情に、口を出すものじゃない……」
「俺は、そういうのが一番嫌いだ」
「…………!」

 光流が天晴を睨みつけ、二人が一触即発の雰囲気になった時、朔はあの「いやな感じ」を覚えた。

「――――!」

 急いで背後の建物を振り返ってみると、今にも掴み合いを始めそうだった天晴と光流も、その格好のまま同じ方を向いている。

「行くぞ!」
「わかってる!」

 同時にお互いを掴んでいた手を放し、駆け出す二人に遅れて、朔も後を追った。
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