【完結】一泊、泊めてください

加藤伊織

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春の章

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「さて、ここは終わったから、次の部屋に行こうか」
「次の部屋?」

 思わず真珠が聞き返すと、頷いて篤宏は次々と蛍光灯を箱から出しながら説明した。

「僕はちょっとお節介なんだよね」
「それはなんとなくわかる」
「背が高いのって便利だろう、電池を替えたり蛍光灯を替えたりするのに」
「そうだな」
「それで、頼まれるままに全部やってたら、逆に恐縮されちゃってさ。それで村の人皆で相談して、次からはLEDにして、最初に蛍光灯が切れたときに一気に家中のを交換しちゃおうってことになったんだ。それで圧倒的に僕の手間は減るからね」

 村中の相談が必要になるほどのお節介。それは想像をあまりに超えていて、思わず真珠はため息をこぼした。カヨはその時のことを思い出したのか、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑っている。

「格好良くて優しくて、あっちゃんはこんなところにいるのがもったいないくらいのいい男だよ、本当に。50歳若かったらオラも放っておかないんだけどね」
「ははは、カヨさんの気持ちはありがたく受け取っておくよ」

 世間話をしながらも、篤宏は蛍光灯を取り替えていく。
 真珠も時折相槌を打ちながら、タイミング良く蛍光灯を渡すことを覚えた。残念ながら、それを覚えたところで今後篤宏を手伝って蛍光灯交換をすることはないなと思いながら。


「あっちゃんも真珠くんもありがとうさん。これ、新ごぼう。持ってって」

 家を出る前には、土がついたままで色の薄いごぼうを渡された。困惑しながら真珠が受け取ると、篤宏が笑顔で礼を言う。

「新ごぼう! ありがとう、これは今晩炊き込みご飯にでもするね」
「そうそう、真珠くんに食べさせてやってな。なんもない田舎の村だけど、採れるもんは美味しいのよ」
「あ、ありがとうございます」

 慌てて真珠も頭を下げる。和やかな笑い声が古い家に満ちていた。
 真珠の祖父母は物心ついたときには他界していたし、東京で生まれて東京で暮らす真珠には田舎というものはない。
 けれど、映画やドラマの中で概念として存在していた『田舎のおばあちゃん』というものが、もしも自分にいたら本当にこんな感じなのではないのだろうかと思えた。


「その、こういうことはよくあるのか?」

 自転車のカゴには村の駅で買った野菜の他に立派なごぼうが3本増えた。ほくほくとした笑顔の篤宏に向かって真珠は尋ねた。

「こういうことって、蛍光灯の交換?」
「それが頻繁にあったことはさっきわかった。そうじゃなくて、野菜をもらったりすることだ」
「うん、よくあるよ。というか、外に出ると誰かしらに何かもらうね。僕が特別なんじゃなくて、たまねぎを作ってる人は椎茸を作ってる人と交換するし……そうだね、貨幣経済だけで回ってるわけじゃないって感じかな。お裾分けが当たり前で、お互いにものを融通しあって生活してる。今の都会では自分の家で全て揃えられるのが当たり前だけど、少し前の日本はどこでもこうだったんだよ」
「そういえば、篤宏さんは小説家なんだな」

 広がった話に彼の知識の一端が垣間見えて、真珠は篤宏が小説家と名乗ったことを思い出した。残念ながら真珠の知っている名前ではないが、一般には案外知られているのかもしれない。

「篤宏さん、ってなんかこそばゆいね。篤宏って呼び捨てにしてくれた方がいいなあ」

 篤宏の仕事について聞いてみようと思ったのだが、話が微妙に逸れた。篤宏は、と言い直すと彼はうんうんと頷く。

「篤宏は、小説家だと言っていたが……」

 言葉を続けようとして、真珠は考え込んだ。有名なのかという尋ね方は失礼が過ぎるし、どう話題を続けたらいいか咄嗟には思いつかない。

「もしかして、田舎暮らしを題材に小説を?」

 考えあぐねて続けた言葉がそれだった。篤宏は少し困ったように眉を寄せている。

「しがない小説家、さ。言いにくいけど、売れない貧乏小説家って言った方が正しいね。なにせ2年以上本も出てないし」

 しまったと思ったがもう遅かった。真珠が後悔しても、もう尋ねる前には時間は戻らない。
 顔を強張らせた真珠を気遣うように篤宏が道の先を示した。赤い屋根の一際大きな建物がその先には見える。

「ほら、次の目的地が見えたよ」

 建物に近づくにつれて独特の臭いが漂ってきた。つい顔をしかめると、牛舎だよと篤宏が教えてくれた。牛糞を堆肥として使うために、敷地の中で積んでいる場所があるのだという。
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