婚約破棄して国外追放されましたが、王子が追っかけてきます。

胡蝶

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ディル⑤

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「てめぇっ!」
  間一髪で凶刃をかわす。

「ハハハ。切れ者だが、武道はからきしダメだと聞いてました──これはやはり、人の噂はあてになりませんねぇ」
  ケムール族の男は、面白そうに笑い声をあげた。

「うるせぇ! とっととかかってこい」
「おや、いつも済ましている貴方らしくない。どうやらそれが地のようですね。いつもくっついているあの鬱陶しい守護猫ナンシーがいないようですが、そんな強気でいいんですか?」
「──何者だよ、お前」
  守護猫ナンシーのことまで知ってるのかよ? 

  城内ではリアン以外には殆んど姿を見せないナンシーについて、知っているものは殆んどいない。

  使い魔が見えるということは──。

「お前、魔族か?」
  俺はじっとりと汗ばんだ手で剣を握り直した。
  守護猫ナンシーが居ないと結界を張ることはできない。

  王族として魔法の知識はあるが──俺は魔導師ではないからだ。

「国王と違って、貴方は魔導師の素質があるようですね。だが、無力です。あの忌々しい猫をあの娘につけたのが貴方の敗因ですよ……」
  バサっとカラスが羽をひろげるようにケムール人の男はマントを跳ねあげた。

  ──俺の視界が、一面の闇に塗り潰される。

「クククク──」
「……くそっ!」
  全身が総毛立つ。

  空気がねっとりと重く、肌にまとわりついた。

  足元も地面を踏みしめている感覚はなく、宙に放り出されているような、ふわふわとしたおぼつかない感覚。

  ダークサイドだ。


  俺は呆気なく魔族のテリトリーに引きずり込まれてしまったようだった。

「貴方は殺しませんよ。あぁ、あの邪魔な娘、リアンを随分と気にかけている様子ですからねぇ。暫く楽しめそうです──クククク……」
  ケムール族の男の邪悪な笑い声が、俺の脳内に響いて──消えた。
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