7 / 42
1-6
しおりを挟む辺りはすっかり暗くなって、周りには他に家がない。森の虫の羽音とか狼の遠吠えが聞こえるくらい、静かだった。
ユウリは片手に酒を煽った。無類の酒好きでそう簡単には酔うことはない。
ここらの土地では森が近いこともあって果実酒がよく嗜まれるが、ユウリは商人が仕入れてくる北の酒も嗜む。
嗜むといってもただ飲むだけなのだが、北の酒はアルコールが強くてお酒を飲んでいる感じがするのだ。
グラスに注ぎながら、シュウのほうを覗き見る。
昼にも食べたはずなのにお腹がよほど空いていたのか、無心で食べ続けるシュウに顔がわずかにほぐれた。
シュウはユウリの変化に気づくと、握っていたスプーンをスイっと上に向けて笑った。
「——もっと笑え。」
「…。」
「そんなことをいわれても」と左手で頬をさすった。
普段のユウリはあまり表情筋が動かない。
ユウリは別に表情筋を鍛えているとかそういうわけではない。
……強いて言うならば、動かそうと意識しすぎなのだ。
昔、近所の子に「何を考えているかわからない」と言われたことがあった。ユウリにそう言った子は大したことを言ったつもりではなかったのだろうが、でもそれはユウリの心になぜか深く刺さった。
ユウリは幼いながらに、表情筋は動いたほうがいいんじゃないかのかと、深刻に考えたことを思い出した。そうだったけれど、表情筋をどう動かしているかなんて考えたことがなかったから、余計にわからなくなって、今に至るのだ。
頑張って作った笑顔なんて、しまいには脅迫顔になってしまうし、表情筋の練習なんてろくなことがないと結論づけるのに時間はかからなかった。
「そういえば」と、ユウリは昔に記憶を巡らせた。
一人だけ無表情でも俺と一緒にいてくれる人がいた。
あいつは俺の変わらない表情に「その顔でも俺は分かる」といってくれて、気兼ねなく接することのできる相手だった。でも俺はそいつが何を考えているかなんて言葉にしてくれないとわからなかった。
(あいつが俺のことをわかるのに俺がわからないから、あいつの前では口数が増えたんだよな。)
そいつはどこへ行くのも常に一緒だった。キラキラ輝く星屑のような髪の毛で、幼馴染で口が悪くて…。
でもどうして肝心のそれが誰のことだったのか忘れてしまっているのだろうか。
声はいったいどんなんだっただろうか。顔は?好きなものは何だった?得意なことは何だった?俺たちは毎日何をして過ごしていた?
記憶力が悪くはないユウリにとって仲のいい人を忘れるなど、本来あるはずのないことなのに記憶があいまいだ。
ユウリは両親がいなくなる前もいなくなった後も、仲のいい友達はいなくて、一人だったはずだ。どう考えてもそんな人と触れ合った記憶はユウリの生活の中であるはずのない記憶だった。じゃあいったいこれは何の記憶だ?
さみしかった自分が夢の中で見たのだろうか?
「お前今さっきから何を百面相してんだ、やばいやつになってるぞ」
夢中になっているところに声が割って入った。シュウは口を動かしながら、視線をユウリに固定して、こちらを見ていた。
「…おまえ、仮にも初対面にその口はどうにかならないのか?」
「…初対面、初対面ね」
「……なんだよ」
———なんだ?まるで初対面ではないみたいなはなしかたしやがって。
シュウの、笑いながら少し小ばかにするような表情がますます初対面ではないかのように感じさせて、「もしかして本当に初対面じゃないとか?失礼なのは俺自身なのか?」と思わせた。そう悶々としているとシュウは、さらに笑いを深くする。
「ユウリ?一人で悶々と悩むな。言葉にしろって言っているだろ?」
シュウは楽しそうにそう言う。「言っているだろ」って言いながら、そういわれたのは初だ。だってシュウとは初対面だから。シュウは記憶のどこかで自分と同じように言葉にするのが得意ではない人にあってしまったに違いない。
「そういえば」と記憶の奥深くに思いをはせた。ユウリは記憶のどこかで同じようなセリフを聞いた気がした。
————ほら、俺の前では口が悪くてもいいから話せって言っているだろ
懐かしい気がして、少し思い出そうとする。でも何かが遮って、思い出すことを邪魔した。まるで何かがそれを思い出さないように、故意にせき止めているかのようだった。
「ちっ。」
———こいつに会ってから知らない記憶ばっかり出てくるのはなぜだ。
誰かと一緒にいることに慣れていない。表情筋も動かない、テンポよく話すことも意識しないし、そもそも口が悪いからあまり話さないようにしている。だからユウリの心が乱されるのは、なんのせいかは分からない。ただ、シュウという突然現れた人物がユウリに変化を与えているのは確かだった。
ギルドで働いていてもユウリは静かな性格だと誤解されがちだ。理由の多くは変わることのない表情筋。だからシュウに何を考えているかなんて、全く教えていないのにこんなにも見透かされることに少し恥ずかしさを感じた。
「顔が赤くなってるぞ。」
「うるせー、早く食えよ」
ユウリは無表情のままテーブルの下でシュウの足をガシッと少し蹴ってやった。
頬が赤くなっていることに気づかなかった。シュウは何のためらいもなくそのようなことをいうものだからますます顔に熱がこもった。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
※長くなりそうでしたら長編へ変更します。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!
はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。
********
癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー!
※ちょっとイチャつきます。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる