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第一章・美麺を制する者、世界を制す

白面金毛九尾の狐の復活

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その頃………。

堂園想がいた日本のある地方で、大がかりな葬式が行われていた。

田舎の豪華な和風の屋敷で、白と黒の垂れ幕が下がっている。

「両親が突然交通事故で…」

「それは…」

葬式の列に並ぶ、いかにも金持ちそうな客達が喋っている。みな、喪服を着ていた。

「でも、遺産100億円でしょ?生きていけるじゃない」

「いや…でもお金だけあれば、幸せって訳でもないでしょう……」

客達は、様々な事を勝手に喋っている。

「………」

屋敷の奥で、両親の写真を抱きながら、久山湊ひさやま・みなとは正座していたが………。

「ああっ、くそ!!」

急に怒鳴り散らすように写真立てを投げつけて、部屋を飛び出した。

「おぼっちゃま!!どこに行かれるのですか!?」

上品な女中が止めるのも聞かず、走っていく………。



少年は自暴自棄になりながら、街を彷徨っていたが、やがてお腹が減ったのか、コンビニに入った。

「ふう……」

久山少年が買ったもの、それはマルちゃんのあかいきつねであった。

少年はそれを細い腕に抱きながら、とぼとばと夜道を歩く。

少年は13歳くらいであった。なかなか利発そうな顔をしている。

このか弱い少年が、まさか遺産100億円の持ち主であるとは考えも及ばない人々は、不思議そうに少年を一瞥するが、またすぐに自分の日常へと戻っていった。

「もうなにもいらない…この世界とは別の世界に行きたい……」

少年はぶつぶついいながら、ひとり、ネットカフェに入った。



ネットカフェのパソコンで、久川湊は暇つぶしをしていたが、やがてあるオンラインゲームにたどり着いた。
なぜなのかはわからない。しかし妙な謎めいた吸引力が、いつの間にか少年をネットの迷宮に誘っていた。
たまたま暇つぶしに読んでいた広告バナーをクリックし、少年はオンラインゲーム「スーパーソニック・ブレイド」の世界に入った。

(ああ………!!もうやけくそだ!!)

全てを失った少年には何もなかった。

ただ、自分を必要としてくれる人が欲しかった。

とにかく、自分を必要としてくれる人。

そう、それは例えば家族のような………。

(誰か……俺を守ってくれ………!!俺の悲痛をわかってくれ……!!)

そう、それは例えば………。

「信仰心のような?」

ぎょっとした。

なんと、狭いネットカフェの密室の中に突如、派手すぎるくらい華美な奇妙奇天烈な少女が現れたのだ。

パールのような白い髪。

金と銀のオッドアイ。

「お、お前は誰だ……!!」

「よいしょ」

少女はマウスをクリックした。

「あ」

なんと、いつの間にかそこには、「課金完了」の文字が踊っている。

「契約、成立しましたーーー♪」

少女は不気味ににっこりと笑った。



その頃。

東のビャンコのある辺境の街で、無垢なる少女が祈りを唱えていた。
教会はボロボロで、どうやら廃墟のようだ。なにか秘密めいた印象があった。

「神様、どうかこの国を悪しき吸血鬼の脅威から助けてください………」

その少女は、黒い修道女の格好をしていた。
シスター服の被り物から紫色の髪がみえる。

「聖女、クリスティナ様のご祈祷であるぞ」

騎士姿の少女が、信者達をなだめている。

「はは~」

「クリスティナ様………」

敬虔な貧しい服装の信者達は、次々と頭を垂れた。

クリスティナは紫色の髪に金色の目を持った、6歳くらいの少女であった。
まだ年端もいかぬ少女だが、その全身からは高貴で上品な趣きが感じられる。

「どうか、我らが金毛九尾の神、金扇きんせん様、お目覚めくださいませ………」

幼女は頑なに祈りを続けた。

すると、突然、教会の扉が開いた。

「魔女クリスティナ!!異端の罪で逮捕する!!」

現れたのは、スピルナ教の聖騎士達だった。
十字の赤い旗を掲げ、剣と槍を持っている。

「きゃあ!!」

その脅威に、信者達があちらこちらに逃げる。

「クリスティナ!覚悟しろ!!」

聖騎士達が槍をクリスティナに向かって構えた。

その時。

『待たれよ』

不思議な声がした。

そう。

いま、この世界に。

再び、ひとりの美少女が目覚めたのだ。

突然、眩い光が辺りを包み込んだ。

「なぬ!?」

聖騎士らの動きが止まる。

ふわり。

少女・クリスティナの体が浮かんだ。

「………あ」

幼いクリスティナを細い腕が抱きしめる。

その美少女は、年は、10歳くらいであろう。

真っ黒な髪は烏のように艷やかであった。

それを、整えられたおかっぱ頭にしている。

蒼い瞳はきらきらと輝いていた。

チョコレートのような褐色の肌は、うるおっている。

つり目がちな少女は、ミニ丈の……喪服を着ていた。

「おお……」

「奇跡だ………」

信者達がざわめく。

「これでも、クリスティナを聖女と認めぬつもりかのう」

僕は…久山湊は、そこに立っていた。

いや、もう、久山湊じゃない。

そのかつて『僕』であった少女は、クリスティナを抱きしめて歩き出す。

荘厳なる聖騎士達が次々と跪く。

彼女の後光からは、眩い光が指していた。

その黄金の光は、九つの尾の輝きであった。

狐のお面を左斜めに被り、アンニュイな雰囲気を醸し出す少女の頭の上には、黄金に輝く九尾の耳。

「迷える子羊に、主の導きを」

「金扇様ーーーーーッ!!」

「金扇様がご出現なさったぞ!!」

エウセビオ教異端派の信者達がざわめく。

感涙の涙でおんぼろな教会内の体温が上昇する。

「やはり、クリスティナ様は聖女だった!!」

「愚王・エウセビオに正義の鉄槌を!!」

信者達が熱気に晒されるなか、僕は内心がちがちに震えながら、少女を下ろした。

「金扇様……!!我々に救いの手を……」

クリスティナが祈る。

「うむ。それよりも……」

金扇はにっこりと笑った。

「そろそろラーメンよりも、きつねが喰べたい時期じゃのう」
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