10 / 53
第一章 突然の婚約と一方的な婚約破棄
10 綻び
しおりを挟むあの日を境にシリルの許へ妖精族?のベルが姿を現す事はなかった。
だがシリルは諦める事なく何度も何処にいるやもしれぬ小さな妖精族の乙女の名を呼び続ける――――が、その呼びかけに彼女が応じる気配は全くない。
そうして時は流れ王都へと、王都にあるタウンハウスへと戻ったシリルは祖父と両親へ無事帰還の挨拶をし、また彼の帰還を知ったアイリーンは周囲の目等関係なくベディングトン公爵家へ堂々出向き、恋するシリルへ誰に憚る事もなく駆け寄り涙ながらに抱きつくと、その温もりに彼女は彼が生きてここにいるのだと実感すると共に心より安堵した。
一方シリル自身もまた理由はどうであれ二年もの間手紙と伝達魔法のみだった恋人を腕へ抱く事により、久しく胸に温かいものを感じているのだがしかし、これは何とした事だろうか。
あんなにも恋い焦がれ、そして周囲よりどの様な非難を受け、また叱責されようと王女との婚約を何がなんでも破棄し、自身の腕の中にいる女性アイリーンと結ばれる事をすっと夢に見てきたというのにだっ、なのに何故か二年前と何かが違う。
そう、以前のシリルならばアイリーンを自身の心の中に想うだけで胸の中が甘く幸せな想いで満たされていたのだが、今はその胸いっぱいの想いの何処かにぷすっと小さな穴が開き、そこから静かに何かが漏れだす様な、そう譬えるなら今までは100%満たされていたものが、今では95%しか満たされてはいない。
95%――――普通ならばほぼほぼ満たされている筈。
たかが残り5%。
何もそんなに拘る必要がないと思うがしかしっ、そのたった残り5%の隙間が、今のシリルにとって何とも言えず切なく、そして寂しいと感じるのだ。
これは一体どうしたと言う事なのだ!?
この不可思議な気持ちをどう説明すればいいのだろう。
然もこの……心にぽっかりと穴が開いた様な、今迄に一度も感じた事のない切なさを伴う想い。
わからない。
何故この様な想いを俺は抱くのだ。
そう、今目の前には彼へ向けて愛らしく微笑んでいるアイリーンにさえ……抱いた事のない想い。
だがシリルの無意識下ではこの想いの答えを、今迄知らなかった想いを抱かせた者の存在を、何となくではあるが知っている。
それはきっと――――。
「……ねぇシリル聞いているのっっ」
「あ、あぁ済まない」
「もうシリルってば貴方王都へ戻ってから少し変よ。一体どうしたというの? それともそんなにバリッシュとの戦は大変だったのかしら。でも……いえその様な事はないわね、何と言ってもシリルは第一騎士団の団長だもの。貴方は誰よりも強く逞しい騎士。ふふそうね、弱音を吐くのはきっと弱い者だけ。その点貴方は大丈夫だわ。何故なら貴方は誰よりも強い私の、私だけの騎士様ですもの!!」
弱音を吐くシリルなんて今迄一度も私は見た事も聞いた事もないし、それに――――弱いシリルなんて全く想像出来ないわ。
それは何気なく放たれたアイリーンの一言だった。
でも決定的な一言でもあったのだ。
以前のシリルならば何も、そう全く気にも留めなかっただろう一言。
事実シリルは今迄……それは何もアイリーンに限った事ではない。
彼は実の両親にさえ幼い時は兎も角、騎士団へ勤めるようになってからも決して誰にも弱音を吐く事はなかった。
何故ならシリルの目標は前元帥でもある偉大な祖父の様に強く逞しく、決して弱音を吐かない人間なのだ。
実際そんな人間等いる訳がないと言うのにも拘らずにだっっ。
兎に角今迄のシリルは強い騎士と言うものはそうであるべきなのだと、自身へ強く言い聞かせてきたし、またその様に演じていた。
しかしそんなシリルもこの二年もの間、慣れぬ長期に渡る戦地での生活で、精神が思っていたよりもかなり弱っていたのだろう。
またシリルが吐露していた相手は、人間でなくシリルしか見る事の出来ない妖精。
だからなのかもしれない。
今迄弱音を吐いた事のないシリルが心から安心して弱音を吐く事が出来たのは……。
そうして生まれて初めて完全に心を開いた相手を失う切なさと恐怖、その何とも言えない喪失感がシリルの心を少しずつだが確実に苛んでいく。
0
あなたにおすすめの小説
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
【完結】エレクトラの婚約者
buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー
エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。
父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。
そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。
エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。
もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが……
11万字とちょっと長め。
謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。
タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。
まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。
【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない
miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。
断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。
家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。
いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。
「僕の心は君だけの物だ」
あれ? どうしてこうなった!?
※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。
※ご都合主義の展開があるかもです。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる