永遠の愛を君に捧げん

雪乃

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第一章  突然の婚約と一方的な婚約破棄

10 綻び

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 あの日を境にシリルの許へ妖精族?のベルが姿を現す事はなかった。
 だがシリルは諦める事なく何度も何処にいるやもしれぬ小さな妖精族の乙女の名を呼び続ける――――が、その呼びかけに彼女が応じる気配は全くない。

 そうして時は流れ王都へと、王都にあるタウンハウスへと戻ったシリルは祖父と両親へ無事帰還の挨拶をし、また彼の帰還を知ったアイリーンは周囲の目等関係なくベディングトン公爵家へ堂々出向き、恋するシリルへ誰にはばかる事もなく駆け寄り涙ながらに抱きつくと、その温もりに彼女は彼が生きてここにいるのだと実感すると共に心より安堵した。

 一方シリル自身もまた理由はどうであれ二年もの間手紙と伝達魔法のみだった恋人を腕へ抱く事により、久しく胸に温かいものを感じているのだがしかし、これは何とした事だろうか。
 あんなにも恋い焦がれ、そして周囲よりどの様な非難を受け、また叱責されようと王女との婚約を何がなんでも破棄し、自身の腕の中にいる女性アイリーンと結ばれる事をすっと夢に見てきたというのにだっ、なのに何故か二年前と何かが違う。

 そう、以前のシリルならばアイリーンを自身の心の中に想うだけで胸の中が甘く幸せな想いで満たされていたのだが、今はその胸いっぱいの想いの何処かにぷすっと小さな穴が開き、そこから静かに何かが漏れだす様な、そうたとえるなら今までは100%満たされていたものが、今では95%しか満たされてはいない。

 95%――――普通ならばほぼほぼ満たされている筈。

 たかが残り5%。
 何もそんなに拘る必要がないと思うがしかしっ、そのたった残り5%の隙間が、今のシリルにとって何とも言えず切なく、そして寂しいと感じるのだ。


 これは一体どうしたと言う事なのだ!?
 この不可思議な気持ちをどう説明すればいいのだろう。
 しかもこの……心にぽっかりと穴が開いた様な、今迄に一度も感じた事のない切なさを伴う想い。
 わからない。
 何故この様な想いを俺は抱くのだ。

 そう、今目の前には彼へ向けて愛らしく微笑んでいるアイリーンにさえ……
 だがシリルの無意識下ではこの想いの答えを、今迄知らなかった想いを抱かせた者の存在を、何となくではあるが知っている。
 それはきっと――――。

「……ねぇシリル聞いているのっっ」
「あ、あぁ済まない」
「もうシリルってば貴方王都へ戻ってから少し変よ。一体どうしたというの? それともそんなにバリッシュとの戦は大変だったのかしら。でも……いえその様な事はないわね、何と言ってもシリルは第一騎士団の団長だもの。貴方は誰よりも強く逞しい騎士。ふふそうね、弱音を吐くのはきっと弱い者だけ。その点貴方は大丈夫だわ。何故なら貴方は誰よりも強い私の、私だけの騎士様ですもの!!」

 弱音を吐くシリルなんて今迄一度も私は見た事も聞いた事もないし、それに――――

 それは何気なく放たれたアイリーンの一言だった。
 でも決定的な一言でもあったのだ。
 以前のシリルならば何も、そう全く気にも留めなかっただろう一言。
 事実シリルは今迄……それは何もアイリーンに限った事ではない。
 彼は実の両親にさえ幼い時は兎も角、騎士団へ勤めるようになってからも決して誰にも弱音を吐く事はなかった。
 何故ならシリルの目標は前元帥でもある偉大な祖父の様に強く逞しく、決して弱音を吐かない人間なのだ。
 実際そんな人間等いる訳がないと言うのにも拘らずにだっっ。
 兎に角今迄のシリルはと言うものはそうであるべきなのだと、自身へ強く言い聞かせてきたし、またその様に演じていた。

 しかしそんなシリルもこの二年もの間、慣れぬ長期に渡る戦地での生活で、精神が思っていたよりもかなり弱っていたのだろう。
 またシリルが吐露していた相手は、人間でなくシリルしか見る事の出来ない妖精。
 だからなのかもしれない。
 今迄弱音を吐いた事のないシリルが心から安心して弱音を吐く事が出来たのは……。

 そうして生まれて初めて完全に心を開いた相手を失う切なさと恐怖、その何とも言えない喪失感がシリルの心を少しずつだが確実に苛んでいく。
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