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第三章 たどり着く先は……
12 愛するが故に……
しおりを挟む「いい度胸だね。だけどいいのかな、その様な物言いを王太子である僕に対して行うという事は、王家に楯をつく――――つまりは叛意ありとまでは言わないけれど、しかしこれは誰が見ても僕に対しての不敬罪だよね。ああこれで名門ベディングトン公爵家も終わりだね。不肖な息子の為に優秀過ぎる宰相殿も可哀想にね。僕は宰相に対して何も恨む事はない――――と言うより寧ろ毎日国の為に粉骨砕身、身を呈して尽くしてくれている彼を尊敬こそしているけれどもね。でもシリル・ランバート・アランデル……君は別だよ。君は僕の最愛なる妹の最期の望みさえも簡単に踏み躙ったっっ。確かに妹にも、いや王家にも非がない訳ではない。どの様な理由があろうとも君の部下の失態を盾に、想い人のいる君へ婚約を強要したのだからね。これは決して褒められた行いでないと僕だって自覚はしているけれどねシリル、君は、そう君とアイリーン嬢は自由な平民ではない。愛情よりも矜持と血筋を重んじる貴族だ。結婚や婚約は貴族にとって一種の契約であり、それを違える事は決して好ましくない事ぐらい君でもわかるだろう。然も今回の婚約は色々問題があるとはいえ、正式な王命の許に成された契約だった。なのに君はっ、そんな婚約者相手に最低限の礼儀や敬意すらも一切払わなかった!!」
「…………」
「いいかい、そんな不作法な君をね。一切顧みる事のない君をねシリル、僕の大切な妹は、ベルはっ、儚げな笑みを湛えて――――」
『気になさらないでフェル兄様。私はシリルの婚約者になれただけでとても幸せなの。本来ならば決して望んではいけない事だもの。譬えほんの一時だとしても……私は愛し合う人達を不幸にしてしまったの。これは決して許されない罪だわ。私は本当になんて傲慢なの。ねぇフェル兄様、私は私がとても恐ろしくて怖いわ。いけない事、許されない事だとわかっていると言うのに、それでも、この一時だけでも私は、世界で一番幸せだと感じてしまう。えぇ心が震えるくらい幸せなの』
王太子はそのまま静かに空を見つめていた。
そう、ベルがまだ状態が幾分か落ち着いている頃に、垣間見せた幸せそうな姿を思い出していたのだ。
『お願いだからフェル兄様、どうかシリルを守って。そして彼とアイリーン嬢が幸せになれるよう尽力して欲しいの。お父様ではきっと感情的になられて上手くいかないと思うの。何時も冷静沈着なフェル兄様だからこそ、私は敢えてお兄様にお願いをするの。それから……愚かな妹をどうか許してね』
ぐったりと寝台で力なく横たわり、それでも身体中の力を振り絞りながらベルは兄へ懇願した。
必死に自身は幸せなのだと兄へ理解して貰う為?
いや本当に彼女は幸せに感じていたのかもしれない。
だがそんな幸せそうな笑みを湛えながらも、彼女の目の前にいるフェルディナンドと同じ紅いルビーの瞳より、今にも零れ落ちそうなくらいに涙が溢れ出していた。
王族として生まれた瞬間より両親や傍に仕える者達より厳しく躾けられた経った二人の兄妹。
王族だからこそ驕り高ぶる事なく常に謙虚で、慎ましやかで、王族としての矜持を何時も心に秘めて生きなさいと教えられ、またそう信じて育ってきた。
フェルディナンドは王太子として、未来の国王として更に厳しい現実を突き付けられるのは当然の事なのだと彼自身も幼い頃より納得し、またそれが何れ王となる者の宿命だと捉えていた。
だがベルは違う。
確かに彼女は王女として生を受け、将来は他国の王族か若しくは国内の有力貴族の許へ、王家との絆を盤石なものとする為だけに嫁す事が決められている人生。
勿論そこに彼女の意思は含まれないのも織り込み済み。
未来が既に決められていたとしても、まだフェルディナンドよりも我儘を言う事が許される存在なのだ。
しかし生まれた時より王太子である自分よりも魔力量が多く何かと聡い妹。
なのに少しも奢った所はなく、何時も家族をキラキラと輝く眩しい笑顔で幸せにしてきた愛おしい少女。
何時も学ぶ事に貪欲で、美しいドレスや宝石よりも新しい知識を一つ覚えられる事に、小さな身体で精一杯喜びを露わしていたベル。
大人達を一切困らせる様な我儘を言わなかった妹が、最期の最後で望んだ切な過ぎる我儘。
しかしそれすらも……。
「――――幸せだと、幸せなのだと言う妹が何故っ、誰よりも悲しい涙を流さねばならないのだシリルっっ。魔力と共に身体中の血を何か所も同時に噴き出し、徐々に衰弱していく妹へ、君は一欠けらの情すら示さなかったっっ。僕はそんな君が許せない!! 譬え妹が、ベルが僕へどの様に懇願しようともっ、僕は兄としてっ、君と同じ男として絶対に君を許せないっっ。そして君は償わなければならないシリル」
「勿論、どの様な事もする心算でいます。ですが不敬を承知で申し上げます!! 私が償うべき相手は王太子殿下ではなく、王女殿下――――ベルだけです。どうか今直ぐ彼女に逢わせて下さいっっ。その為ならば貴族である事、騎士である事を辞する事も厭いませんっっ。ですからどうぞベルにもう一度逢わせて頂きたい!!」
シリルはそう言い終えると常に騎士として帯剣していた、第一騎士団団長へ任じられた際に国王より賜りしやや大振りの剣を静かに床へと置いた。
その様子を冷ややかな視線で王太子は一瞥し……。
「ふ、では君の申し出通り先程の不敬罪込みで平民へ堕ちて貰おうか」
「では――――」
フェルディナンドは執務室にいる必死に存在を隠さんしているだろう、ただ今絶賛模索中の護衛騎士へと声を掛ける。
「無理だよライアン。君の身体の大きさでは、到底その存在を隠せるものではないのだからね」
「はあ、まあ……」
「まあそんな事等今はどうでもいい。ライアン、今直ぐここにいる平民を王宮より、いや僕達家族の目の届かない所へ連れて行って」
「殿下っっ!?」
思わずシリルは顔を上げ、執務机の向こう側にいるフェルディナンドを見据える。
だがそんなシリルの視線等痛くも痒くもないと言わんばかりに、フェルディナンドは涼しい……いや嬉々として告げた。
「本当に愚かだねシリル・ランバート・アランデル。僕が何時平民になれば彼女に逢わせると言ったのかな。馬鹿馬鹿しい限りだよ、誰が君等に逢わせると思うの。彼女は僕にとって、いや家族にとって何よりも大切な宝物なのだよ。譬えもう彼女が……」
フェルディナンドが悲しみにその美し過ぎる顔を歪め掛けた瞬間――――。
「もうそれ以上は必要ないでしょうフェルディナンド。いい加減になさい。それが次代の王となる者の行動ですか!!」
「は、母上っっ!?」
「それに何時誰が自由に我がベディングトン公爵家より籍を抜けても良いと申したのだシリル」
「ち、父上っっ!?」
そう、勢い良く重厚な扉が開け放たれれば、そこには苛立ちを隠そうともしない王妃アレクサンドラと宰相であるベディングトン公爵の二人が、鬼の様な形相とはやや言い過ぎなのかもしれないが、二人の若者へどの様に料理してくれようと言わんばかりの凄まじい怒りのオーラを全開にして立っていた。
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