死神と雨の七日間。

雪月海桜

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金、土。

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 月の綺麗な金曜日。
 今日は久しぶりに晴れ模様。久しぶりに見上げた青空に嬉しくなって、たまには少し遠出することにした。遺書とお金が入りっぱなしの鞄を持って、あの日飛び込もうとした駅で、適当に目についた電車に飛び乗る。
 電車の揺れが心地いい。窓に凭れて居眠りしながら見知らぬ町へ。行き先も決めない、気ままな旅。計画性の無さもご愛嬌。だって、わたしには律儀な死神がついているんだ、怖いものなしだろう。
 適当な駅で降りて、お土産コーナーで可愛くもない謎のご当地ストラップなんて買ったりして。適当な町に行って、特に観光地でもない場所で出会った野良猫を追うようにしてぶらぶら歩いたりして。

「小さい頃、猫を拾ったことあったなぁ。幸せにしてあげられなかったけど」
「……一時でも情を向けられたなら、猫も幸せだろう」
「慰めてくれるの? 珍しいね」
「そんなんじゃない」

 あの日死んでいたら、夜が目の前に現れなければ、本来なら存在しなかったこんな時間。無駄に生き長らえているような負い目はあるけれど、少しくらい、思い出ってやつを残しても罰は当たらないだろう。そんな心境の変化に、自分が一番驚いた。
 家に帰って「ただいま」と「おかえり」を言い合えば、すっかり馴染んだ響きに小さく笑みが溢れる。
 疲れ切って眠る前、窓から差し込む久しぶりの月明かりの中浮かぶ彼の綺麗な瞳。眠ってしまうのが惜しいくらい、ずっと見ていたかった。

 どんより天気の土曜日。
 昨日の晴れ間が嘘のように、今日は生憎の空模様。今にも降るぞと言わんばかりの濃い雲が空を覆っている。鞄に増えたキーホルダーを横目に見ながら、にやけ顔を何とか抑えて、外出は諦め大人しく家に居ることにする。
 入れっぱなしだった遺書を取り出して、紙飛行機にしてやった。そのまま窓から飛ばそうとして、夜に慌てて止められる。確かに誰かが拾ってしまったなら、不幸の手紙より悪質だ。
 窓の外は、雨降り前の匂いがする。明日もまた、きっと雨が降るに違いない。だってわたしの命は、雨に始まり雨に終わるのだ。

「明日も雨かな?」
「さあ、天気の情報まではリストにない」
「リストって?」
「社外秘」
「死神って、会社なんだ……」
「似たようなもんだな」

 一週間休みなしとか社畜が過ぎる。こちとら人生の終了に向けて仕事もすっぱり辞めた身だ。思わず同情の目を向けたら、心底うざそうに視線を逸らされた。

「じゃあ、死神じゃなくて夜について教えてよ」
「そんなの、聞いてどうするんだ」
「魂を預けるんだもん、少しくらい教えてくれても良いでしょ。明日までの付き合いだけどさ」
「……明日、か」

 そうだ、明日まで。何気なく言葉にして、自分でも驚いた。一週間の猶予なんて、随分長いと思っていた。何でもいいから早く終われば良いって、確かにそう思っていたはずなのに。

「あっという間だったな」

 同じく驚いたようにした彼の口からそんな言葉が出たものだから、もうだめだった。彼と居られる残り時間は、始まった時から決まっていたのに。どうして今になって、終わりが嫌だなんて思ってしまうのだろう。

「本当……でも、人生で一番楽しい一週間だった」

 本当は、気付いていた。ふと目を離すと暗闇に紛れてしまいそうな、けれど影のように必ず傍に居てくれる安心感。
 死神なのに、迷子や捨て猫を見かけてしばらくその場から動けなくなるような、冷酷になりきれない優しい人。
 わたしが美味しいと感じたものを、彼も美味しそうに食べてくれていた時の、同じ感覚を共有している嬉しさ。
 憂鬱な雨の日にも、雨音に彼の落ち着いた声が混じると子守唄のように心地好くて、微睡む時間が幸せだった。
 こんな日々が、ずっと続けばいい。自分の魂を迎えに来たこの死神に、わたしはずっと、恋をしていたのだ。

「夜……」
「ん?」
「何でもない!」

 けれど、想いを伝えてしまえばきっと、この優しい死神は、わたしを殺すのを躊躇する。クールに見えて情に厚い人だから、自分に好意を抱いていると知れば、それだけで動揺して、葛藤してしまうだろう。過ごしたのはたった一週間足らずなのに、わたしにはそんな確信があった。
 どうせ、あと一日の命なのだ。わがままに、自分本意に振る舞って、いっそ恋人のふりでも頼めば良いのかもしれない。最期の一秒まで、せめて幸せな夢を見させて貰えば良いのかもしれない。
 でも、わたしが死んでも、彼は生き続けるのだ。唯一残る彼の記憶の中でくらい、ただ楽しい思い出を共有した、聞き分け良く死ぬ可愛い女で居たかった。
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