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第68話
しおりを挟むこの国を“ギライナ公国”と名付けてからもう半年が経っていた。
プテラス領も落ち着き、クレアはアイナの側近としてレックスを連れて王宮に来ていた。ハイハイがやっとだった赤ん坊は、今やこの地を自分の足で駆けながらヤンチャに笑っているのだ。
アイナは王宮魔道士という肩書きを背負い、ギルの側でその魔力を発揮していた。ギライナ公国内をアイナの魔法で巡り、必要な時に必要な魔法をかける。ギライナ公国はあっという間に恵の多い素敵な国となっていった。
もう王宮内にアイナの死を望む者はいない。時間をかけながらやっと信頼できる人々に囲まれ始めた頃‥
ヴィンスはもどかしすぎる2人の為に人肌脱ぐことにした。ローレンに1から10までを説明すると、ローレンは仕方ないわねと頷いた。
ちなみにローレンのクロズビー家はギルが無罪放免とし、元の大貴族である公爵家へと戻っていた。ヴィンスとの間には今のところ格差がある為、ヴィンスとローレンは恋仲であることを周りに公表していない。
その日はいつもと変わらない良く晴れた日だった。
王宮の中庭で、ギルとアイナとヴィンスの3人でお茶を飲んでいた。いくらギルが王になったとはいえ、ヴィンスは特に態度を変えないし、ギルも特に何も思っていなかった。
ヴィンスは徐ろに立ち上がると、アイナの目の前で突然跪いた。
「‥‥ヴィンス?!」
アイナが驚きの声をあげる。その隣にいるギルは、無言のままヴィンスの燃えるような赤い髪を眺めていた。
ヴィンスが顔を上げると、アイナと目が合った。アイナは助けを求めるようにギルの方を見るが、ギルは何も言わずにヴィンスの言葉を待った。
「‥‥アイナ。
俺と結婚してくれないか」
「えぇっ?!」
ギルはアイナがどんな結論を出すのか見守ることにした。アイナのことは堪らなく恋しいけど、アイナはギルのものではない。ギルがここで口を出すのは間違っていると、ギルは思ったのだった。ギルが口を出せば、アイナの本心は出てこないはず‥と。
「‥‥アイナももう結婚をしたっておかしくない年齢だろ?
それに、ギルさんはこの国の王様。ギルさんと結婚できないことは分かってるだろ?」
ヴィンスがギルを挑発するようにそう言うと、ギルが口を開く前にアイナが口を開いた。
「そんなことは分かってる!」
アイナは自分の本当の立ち位置を分かっていなかった。
魔法庁の長官よりも遥かに魔力値が高く、この国の誰よりもこの国の為に魔力を消費している。
そこらの貴族よりもよっぽど価値のある女性だというのに、自尊心を傷付けられてきた過去のせいで、アイナの自己評価は底辺のままだった。
「‥‥口を挟んで申し訳ないが。
忖度抜きで結婚できる。勿論正室として」
ギルがそう言うも、アイナは首を横に振る。
「私なんかより貴族の方をお選びになるべきです」
「何故?」
「私には後ろ盾もありませんし、教養もありません。
マナーや常識も、公妃に必要な品もありません」
「必要ない、全部」
「必要あるに決まってるじゃないですか!」
「ないって言ってるだろ!」
ギルとアイナが口論をするのは非常に珍しかった。むしろこの日が初めてかもしれない。
ヴィンスは吹き出しそうになる気持ちを抑えて、口を開いた。
「なぁ、俺のプロポーズ中だぞ?」
「「‥‥」」
「俺は元山賊だし、俺相手なら何も気にしなくていいだろ。
俺と結婚しよう、な?」
ギルは焦燥感に襲われ、信頼する側近であるヴィンスを消し去りたくなった。ただもしもアイナが望んでヴィンスの元にいくのなら、それは仕方ないことだと思った。
立場や権限でアイナを無理矢理手に入れたくはないのだ。
「私は‥
誰とも結婚しません」
「「え」」
今度はギルとヴィンスの声が重なった。
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