一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第51話 聖なる都の秘密と運命の出会い

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祝福の都セラフィナの白い城壁が、青空に映えて美しく聳え立っていた。トウマは街道の最後の坂を登りきると、その壮麗な姿に思わず息を呑んだ。

「やっぱり何度見ても立派な街だな」

セラフィナは大陸でも有数の宗教都市として知られている。街全体が白い石材で作られており、まるで雲の上の都のような神々しさを湛えていた。中央に建つ大聖堂の尖塔は空に向かって伸び、その頂上では金色の鐘が陽光を受けて輝いている。

城門をくぐると、石畳の通りには朝の活気が満ちていた。白い修道服を着た聖職者たちが静かに歩き、巡礼者らしき人々が荷物を背負って行き交っている。

「まずはギルドで情報収集だな」

トウマは慣れた足取りで冒険者ギルドへと向かった。セラフィナのギルドは宗教都市らしく、他の街よりも清潔で静謐な雰囲気を持っている。受付には見覚えのある茶髪の女性職員が座っていた。

「あら、トウマさん!お久しぶりです」

「よう、エミリア。元気そうだな」

エミリアは三年前にトウマが初めてセラフィナを訪れた時の受付嬢だった。当時は新人だったが、今では立派にベテランの風格を身につけている。

「相変わらず、ふらりと現れますね。今回はどのくらい滞在予定ですか?」

「さあな。面白そうなことがあれば長居するかもしれないし、特になければ数日で出発するかも」

「それがトウマさんらしいですね」

エミリアは苦笑いを浮かべながら、手元の依頼書に目を通した。

「実は、ちょうど良いタイミングです。少し変わった依頼が入っているんですよ」

「ほう、変わった依頼?」

トウマの好奇心が刺激された。エミリアが「変わった」と表現するということは、相当に興味深い内容に違いない。

「詳しい話は依頼主から直接聞いていただくのが良いでしょう。大聖堂の司祭様からの依頼なんです」

「司祭?」

これは予想外だった。セラフィナの大聖堂は大陸でも最高位の宗教施設であり、そこの司祭が冒険者に依頼を出すというのは珍しいことだった。

「ええ。シスター・アリシアという方です。今、大聖堂でお待ちになっています」

――――――

大聖堂の内部は、外観以上に荘厳だった。高い天井にはステンドグラスから射し込む光が七色に踊り、祭壇の前では数人の信者が静かに祈りを捧げている。

「トウマ様でいらっしゃいますね」

振り返ると、そこには二十代半ばほどの美しいシスターが立っていた。艶やかな黒髪を後ろで結い、深い青色の瞳が印象的だった。しかし、その表情には明らかに困惑の色が浮かんでいる。

「俺がトウマだ。アリシアさんだったか?」

「はい、シスター・アリシアと申します。この度は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」

アリシアは丁寧に頭を下げた。

「で、依頼の内容は?」

「実は……」

アリシアは周囲を見回すと、祭壇の脇にある小さな礼拝室に案内した。

「ここでなら、他の方に聞かれる心配はありません」

礼拝室に入ると、アリシアの表情が一変した。先ほどまでの穏やかな雰囲気から、深刻な緊張感が漂い始める。

「実は、大聖堂に安置されている聖遺物の一つが……消えているんです」

「消えた?」

「はい。『慈愛の聖杯』という、この大聖堂の象徴とも言える聖遺物が、三日前の朝に忽然と姿を消しました」

トウマは眉をひそめた。

「盗まれたということか?」

「それが……」

アリシアは困ったような表情を見せた。

「聖遺物が安置されている聖櫃は、魔法的な結界で厳重に守られています。その結界に異常はなく、鍵も開けられた形跡がありません。なのに、中身だけが消えていたんです」

「それは確かに奇妙だな」

「ええ。しかも、消えたのは聖杯だけではないんです」

アリシアの声がさらに小さくなった。

「実は……私の記憶の一部も曖昧になっているみたいで。三日前の夜、確かに聖櫃の前で祈りを捧げていたはずなのに、その時の記憶がぼんやりとしか思い出せません」

「記憶が?」

「他の神官たちも同じです。みんな、三日前の夜の記憶だけが不鮮明なんです。まるで何かに操られたかのように……」

トウマは腕を組んで考え込んだ。物理的に侵入不可能な場所から物が消失し、その時の記憶が曖昧になっている。これは単純な窃盗事件ではなさそうだった。

「それで、教会の上層部はなんと?」

「それが……」

アリシアは言いにくそうに俯いた。

「大司教様は『神の御試練』だとおっしゃって、外部に公表することを禁じられました。でも、私はどうしても納得できなくて……」

「だから内密に冒険者に調査を依頼したと」

「はい。トウマ様は以前、この街で魔導都市の魔法使いが起こした事件を解決してくださいましたよね?その時の報告書を拝見して、ぜひお力をお貸しいただきたいと思ったんです」

確かに三年前、セラフィナで魔法実験の暴走事件があった。その時もトウマが偶然街にいて解決したのだった。

「なるほどな。で、報酬は?」

「金貨三十枚をお支払いします。それと……」

アリシアは少し頬を染めた。

「もし聖杯を取り戻していただけたら、私が個人的にお礼をさせていただきます」

「個人的に?」

「は、はい……その、何でもお望みのことを……」

慌てて手をひらひらと振るアリシアの様子に、トウマは苦笑いを浮かべた。

「まあ、面白そうだから引き受けるよ。ただし、俺のやり方でやらせてもらう」

「ありがとうございます!」

アリシアの表情がぱっと明るくなった。

「まずは現場を見せてもらおうか」

――――――

聖櫃が安置されている地下聖堂は、大聖堂の最深部にあった。石造りの螺旋階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌を撫でていく。

「ここです」

アリシアが指差した先には、美しい装飾が施された石の祭壇があり、その上に透明な水晶でできた聖櫃が置かれていた。

「確かに、結界の痕跡はないな」

トウマは聖櫃の周りを慎重に調べた。魔法的な侵入の痕跡も、物理的な破壊の跡も見当たらない。

「聖杯はどんなものだったんだ?」

「手のひらに収まるくらいの大きさで、純銀製です。表面には古代文字で祈りの言葉が刻まれていて……」

アリシアが詳しく説明している最中、トウマの目が聖櫃の底面に留まった。

「ちょっと待て」

「どうかされました?」

「これ、見覚えがないか?」

トウマが指差したのは、聖櫃の底面に刻まれた小さな魔法陣だった。よく見ると、それは通常の装飾ではなく、最近彫られたもののようだった。

「おかしいですね。こんな魔法陣、以前はありませんでした」

「転移魔法の痕跡だな」

「転移魔法?」

「物を別の場所に瞬間移動させる魔法だ。ただし、これほど精密な魔法陣を刻むには相当な技術が必要だ」

トウマは魔法陣をより詳しく調べた。

「これは……時間差発動式の魔法陣だな。事前に仕込んでおいて、特定の条件が揃った時に発動する仕組みだ」

「そんなことが可能なんですか?」

「可能だが、とんでもなく高度な技術だ。こんなことができる魔法使いは大陸でも数えるほどしかいない」

その時、地下聖堂の入り口から足音が聞こえてきた。

「アリシア、そこにいるのか?」

低い男性の声が響く。アリシアの顔が青ざめた。

「マクシミリアン神父様です……」

「まずいのか?」

「大司教様の側近で、外部への調査依頼を強く反対していた方なんです」

足音が近づいてくる。トウマは素早く周囲を見回すと、聖堂の隅にある古い石棺の陰に身を隠した。

「アリシア!」

現れたのは四十代ほどの痩せた神父だった。鋭い目つきで辺りを見回している。

「マクシミリアン神父様、どうされましたか?」

「お前、まさか外部の者を聖堂に入れたのではないだろうな?」

「そ、そんなことは……」

アリシアの声が震えている。

「嘘はいけない。冒険者ギルドで男と話しているところを見た者がいる」

マクシミリアン神父の声に怒気が含まれていた。

「神父様、私は……」

「聖杯の件は神の御意思だ。人間が詮索すべきことではない。もしも外部の者に情報を漏らしたなら、それは神への冒涜に等しい行為だぞ」

石棺の陰から様子を窺っていたトウマは、この神父の言動に違和感を覚えた。なぜそこまで調査を阻止しようとするのか。

「申し訳ありませんでした……」

「今後、このようなことがないよう気をつけるのだ。聖杯のことは忘れ、日々の祈りに専念しなさい」

神父が去っていくと、アリシアは深いため息をついた。

「大丈夫か?」

トウマが石棺の陰から出てくると、アリシアは安堵の表情を見せた。

「ええ、でもこれで調査は困難になってしまいました……」

「そうでもないさ。あの神父、何か隠してるな」

「マクシミリアン神父様が?」

「調査を阻止しようとしすぎてる。普通なら聖遺物の盗難を真剣に調べようとするはずだ」

トウマは再び魔法陣を調べ始めた。

「この魔法陣、発動の条件がまだ残ってる。完全に消去されてないってことは……」

「どういうことですか?」

「もしかすると、聖杯はまだこの街のどこかにあるかもしれない」

トウマの言葉に、アリシアの瞳に希望の光が宿った。

「本当ですか?」

「ああ。転移魔法は距離が長くなるほど魔力消費が激しくなる。これだけ精密な魔法陣なら、そう遠くには飛ばせないはずだ」

「それなら……」

「今夜、街を調べてみよう。ただし、あの神父に気づかれないよう注意が必要だ」

アリシアは強く頷いた。

「分かりました。私もお手伝いします」

「危険かもしれないぞ?」

「構いません。聖杯を取り戻すためなら、どんな危険でも……」

その時、アリシアの真剣な眼差しを見て、トウマは彼女の決意の強さを感じ取った。単なる職務への責任感を超えた、何か深い理由がありそうだった。

「なぜそこまで聖杯にこだわるんだ?」

「それは……」

アリシアは一瞬迷うような表情を見せたが、やがて意を決したように口を開いた。

「実は、聖杯は私の家族にとって特別な意味を持つものなんです。私の祖母が、昔この大聖堂に寄進したものなんです」

「そうだったのか」

「祖母は貧しい家の出身でしたが、一生懸命働いて貯めたお金で聖杯を作らせ、神様に捧げました。私がシスターになったのも、祖母の意志を継ぎたかったからなんです」

アリシアの声には深い感情が込められていた。

「その聖杯が消えてしまって、しかも『神の御試練』で片付けられてしまうなんて……祖母の想いを踏みにじられているような気がして」

「なるほどな。それなら尚更、真相を突き止めないとな」

トウマは軽く彼女の肩を叩いた。

「心配するな。必ず聖杯を取り戻してやる」

「ありがとうございます……」

アリシアの瞳に涙が浮かんだ。

夕暮れが迫る中、二人は地下聖堂から出てきた。街に灯る明かりが、白い建物群を幻想的に照らし出している。

「今夜、月が上がったら調査を開始しよう」

「はい」

トウマは街並みを見渡しながら、心の中で呟いた。

また面白そうなことに巻き込まれたな。

彼の琥珀色の瞳に、好奇心と闘志の炎が静かに燃え上がっていた。聖なる都の秘密を暴く、長い夜の始まりだった。
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