武徳JK ~山川異域、風月同天!

盛桃李もりももり

文字の大きさ
8 / 37
第三章

第一話 放課後のふたつの世界

しおりを挟む

 夕陽ゆうひ校舎こうしゃの窓をあけめ、アスファルトの道に長い影を落とす。
 放課後ほうかごのチャイムがまだ消えぬうちに、校門前は笑い声と話し声で満ちていた。
 群れをなして歩く生徒たちは、まるで放たれた鳥の群れのように、思い思いの方向へとばたいていく。

 その流れの中、彩音あやねかばんを胸に抱きしめ、惠美めぐみの隣を静かに歩いていた。
 小柄こがらな肩を少しすくめ、視線を伏せたまま――それでも、隣の友を気にしてちらりと横を見る。

「……ふう。」
 小さく息をついたその声音は、まるで、一日の戦いをようやく終えた兵士へいしのように。
「今日も……なんとか、終わったね。」

 そして勇気を振り絞るように、惠美へと顔を向ける。
「惠美、こんなに久しぶりに学校来て……大丈夫?」

 惠美はまっすぐな姿勢しせいで歩き続けた。
 その歩みには迷いがなく、まるで行軍こうぐんつわもののようにととのっていた。

疲労ひろうなど、われには届かぬ。」
 短く放たれたその言葉に、彩音は思わず立ち止まる。

「……届かぬって、なにそれ。」
 笑うような声を出しながらも、彼女の胸にはわずかな不安が広がっていた。

 惠美の視線は夕焼けの彼方かなたに向けられている。
「むしろ……面白おもしろきこと、おおし。」

「え、面白い?」
 彩音はぽかんと口を開ける。
 どうして、あの修羅場しゅらばのような一日を“面白い”だなんて――。

 惠美は小さく頷き、柔らかな声で続けた。

一授業いちじゅぎょう一国いっこくのごとし。
 数学すうがく数理すうりからみ合う陣図じんず
 国語こくご文字もじ奔流ほんりゅう大海うみ
 そして西洋文せいようぶん――敵国てきこく暗号あんごう
 難解なんかいなれど、奥深おくぶおもむきあり。」

 そのかたり口はまるで、久々ひさびさ戦場いくさば分析ぶんせきするしょうのようだった。

 彩音はただ呆然ぼうぜんとしながら、隣を見上げた。
「……じ、陣図じんず? 暗号あんごう? もう、意味わかんないってば……。」

 けれど、不思議とその声音は耳に心地ここちよく、彼女の中で小さなあこがれをともした。

「惠美……なんか今日、やっぱ変だよ。」

 惠美は横顔のまま、ゆるやかに笑う。
「変か? ふふ……そうかもしれぬな。」

 その笑みは、どこか達観たっかんしたようで――どこまでも遠く感じられた。

 夕陽ゆうひが二人の影を長く伸ばす。
 一つは細く、かすかに揺れ。もう一つはつるぎのように真っ直ぐにく。

 彼女たちは同じ道を歩いていた。
 けれど、その心が向かう先は、まるで違う世界。

 一人は日常にしがみつき、もう一人はその日常を「修羅場しゅらば」と呼んで歩いていた。

 彩音は唇を噛みしめ、鞄のひもをぎゅっと握る。
「……ねえ、惠美――」
 声をかけようとしたその瞬間、胸の奥がひどくざわめいた。

 ――もし、今声を掛けたら。
 彼女はもっと遠くへ行ってしまう気がした。

 そのとき。

 惠美がふと立ち止まり、振り返る。
 柔らかな微笑ほほえみが、しずむ光の中でひときわあざやかだった。

「……また明日。」

 彩音は一瞬いっしゅんけて、それからあわててうなずいた。
「う、うん! また明日!」

 そして気づく。
 目の前の分かれ道――自分の家は左、惠美の家は右。

 歩き出しかけた恵美が、ふと足を止める。
 その瞳には、揺るぎない意志ひかり宿やどっていた。

「明日も――必ず、来る。」

 その声は穏やかだったが、まるで夕陽せきよう地平ちへいに掲げられた旗印はたじるしのように、強く、まっすぐに響いた。

 彩音は小さく息を呑み、遠ざかる背を見つめた。
 その姿は光の中に溶けていく。

「……隣にいるのに。なんでだろ。どんどん、もう私の届かないところに行っちゃいそう。」

 風が吹き抜け、二人の影を一瞬だけ重ね、そしてまた――別々の方向へと引き離していった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜

hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・ OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。 しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。 モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!? そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・ 王子!その愛情はヒロインに向けてっ! 私、モブですから! 果たしてヒロインは、どこに行ったのか!? そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!? イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...