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1章
10 その瞳とおなじ
しおりを挟む会話をしているうちに、離宮のサロンへと到着する。
各々適当な場所に腰を落ち着けると、温かい飲み物が運ばれてきた。昨夜の夕食の際に珈琲よりお茶が好みだと伝えたからか、ソファに座ったシェラの前にはフルーツティーが置かれている。
そっとカップを手にとり口をつけると、先ほどまでの緊張でカラカラに乾いていた喉に、じんわりと温かさが染み渡っていった。
ほっと息を吐いて隣を向くと、同じようにシェラを見ていたルディオと目が合う。
「どうかしましたか?」
「……いや、落ち着いたら少しだけいいか?」
「?」
前にあるローテーブルにカップを置いて、身体ごとルディオの方を向く。
彼は懐から長方形の箱を取り出し、シェラに手渡した。
「これは……?」
「開けてみるといい」
促されるままに慎重にふたを持ち上げる。
黒い革製の箱の中で、一粒の大きな宝石が輝いていた。まるで、さんさんと太陽光をあびて煌めく、新緑の葉を閉じ込めたような緑色をしている。
ルディオの瞳と同じ色の石だ。
「きれい……」
親指の先くらいはある、大きな宝石を加工したペンダントのようだった。大きさからしても、間違いなく相当高価なものだろう。
「即席で悪いが、夫婦になった証として受け取ってほしい。正式なものは、アレストリアに帰ってから作らせるから」
「こっこんな高価なものいただけません!」
全く予想していなかった贈りものに、思わず箱ごとつき返してしまう。
この婚姻は、あくまでも政略的なものだ。保護してもらう代わりに、アレストリアにとって有利な状況をつくる、そのための策のひとつにすぎない。
彼からしたらシェラは道具のひとつであり、こんな立派な宝石を贈ってもらえるような立場ではない。
少なくとも、シェラはそう認識している。
それなのに――
そこまで考えて、すっかり忘れていた重要なことを思い出した。
「――そういえば、兄は持参金を用意してくれるでしょうか」
勝手に決めた婚姻と言えども、形式的にはきちんとするべきだ。
不安げに呟いたシェラに向かって、落ち着いた声でルディオが言う。
「それは心配ない。こんな形で許可も得ず決めてしまった婚姻だ。むしろこちらが迷惑料を支払うべきだろう」
「それなら余計にいただけません!」
無理やり彼の手の中に箱を戻すと、苦笑を滲ませて困った顔をされる。
「うちは金には困っていないから、気にしなくていいんだが……」
たしかにアレストリアと言えば、ここら一帯の国家の中でも、群を抜いて豊かな国と言われている。持参金のひとつやふたつ放棄したところで、なにも問題はないのかもしれない。
それでもお世話になっているばかりの身で、これほど高価な宝石を受け取れるはずがなかった。
首を振って拒否を示すと、少し離れたところから声がかけられる。
「素直に受け取っておけばいいと思うよ?『妻に贈り物のひとつもできない、甲斐性のない男だとは思われたくない』とかなんとか言いながら、僕や護衛の騎士を買いものに付き合わせたんだから」
椅子に座ったままテーブルの上に頬杖を突き、さも面白そうな顔でハランシュカがにやりと笑った。
「ハラン、そういうことは普通言わないでおくものだろう……」
もしかして先ほど言っていた道草というのは、このペンダントを購入しに行っていたのだろうか。
「シェラ様、気にされなくてよろしいのです。殿下は、お金だけは腐るほど貯えていますから」
「ルーゼ、おまえも悪乗りするんじゃない……」
ハランシュカの隣で珈琲を啜りながら、すました顔で言ったルーゼを、ルディオが注意する。
彼は小さく溜め息を吐きながら、片手で前髪をかき上げた。
額があらわになったことにより、あの宝石と同じ色の瞳がよく見える。窓から差す陽光が反射してきらきらと輝くさまは、本当に宝石を嵌め込んだみたいだ。
「シェラ、明日夜会があることは知っているか?」
「夜会ですか?……わたくしは聞いておりませんが」
本当に初耳だった。
バルトハイルの計画では、シェラはすでにこの世にいないはずだ。今日以降の予定を聞かされていなくても不思議ではない。
実際、もし計画が成功していたら、明日の夜会は開かれることすらないのだろうから。
「そうか。アレストリアとヴェータ、両国の親睦を深めるという名目で、明日は夜会が予定されているんだ。私たちの婚姻を世間に認知させるいい機会だから、君も参加してもらいたい」
彼の言う通り、この婚姻を発表する場として、夜会は最高の機会だろう。
早めに世間に認知させてしまえば、簡単になかったことにはできない。
「と言っても、昨日の今日で結婚しましたはさすがに外聞が悪いから、まずは婚約を交わしただけにしておく。アレストリアに戻って式を挙げた時に、婚姻を結んだことにしよう」
なるほど。まずはアレストリアの王太子と、ヴェータの王妹が婚約したと明日の夜会で公言する。
それからアレストリアに戻り、いくらかの婚約期間を経た上で、正式に婚姻を結んだように世間に見せるのだ。書類上はすでに二人は結婚したことになっているが、それはいくらでも隠せる。
「書類を処理してくれた担当者は、ちょっとだけ脅して口止めしてあるから安心して」
「ハラン」
「はいはい」
横から投げられた物騒な言葉を、ルディオが語気を強めて窘める。
「バルトハイル王には、この後の会議で私から伝えておく」
「兄が大人しく納得するでしょうか?」
「どうだろうな。大丈夫だとは思うが、だめなら別の手を考えるさ」
ルディオはさほど気にした様子もなく言う。
それからシェラに向き直り、緑の瞳を細めた。
「そういうことだから、明日の夜会でこれを使ってほしい」
もう一度、ペンダントの入った箱をシェラの前に差し出す。
「これをつけていれば、私と君の仲が懇意であることの証明になる。だから、受け取ってほしい。」
そう言われてしまっては断れない。
これはあくまで私的な贈りものではなく、政略の上で必要なことなのだ。
ルーゼが何か言いたそうに口を開きかけたが、隣に座るハランシュカが視線で止めた。
差し出された箱を両手で受け取る。
「わかりました。お言葉に甘えて、明日はこれでめいっぱい、お洒落させていただきます」
無理やりつくった笑顔を貼り付ける。
小さいとげが突き刺さったかのように、一瞬ずきりと胸が痛んだ気がした。
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