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1章

3  思いがけない出会い

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 スーリアは混乱する頭で必死に考えていた。
 今、これはどういう状況だろう。
 昼食をとりにきたはずなのに、気づいたら喉元に剣を突きつけられ、あげようとした悲鳴は飲み込まされた。

 剣の切っ先はすでに地面へと向けられていたが、口元にあてられた手はそのままで。
 どうしたものかと視線だけで上を向くと、間近に男性的な凹凸のある首筋が見えた。

 ――まさか侵入者?

 一瞬よぎった思考は、男性の言葉によって掻き消される。

「……気づかれてないか」

 その人は安心したように、小さく息を吐いた。
 よく分からないが、今まで漂っていた緊張した空気が解れたのを感じ、スーリアはいまだ離れていかない手の下でもごもごと喋る。

「あの、そろそろ離してもらえませんか」

 その言葉に目の前の人物は慌てたように手を離し、一歩後ろに下がった。

「すまん、忘れてた」

 距離が空いたことで視界が開ける。
 やっと確認できたその姿を見て、スーリアは目を見はった。
 そこには、見慣れない黒い隊服を着た青年がいた。耳にかかるくらいの長さの黒髪はとても艶やかで、その顔立ちは男性的だが品がある。
 間違いなく、女であるスーリアよりも整った顔だ。

「近衛……騎士」

 アレストリアの王宮騎士団の隊服は白色だが、目の前の人物が着ている隊服はそれと形は似ているが、黒を基調としたものになっている。普段はあまり目にすることはないが、確か王家直轄の近衛騎士にのみ着用が許されている隊服のはずだ。

 剣を鞘に納めながら、青年がスーリアを見た。その灰色の瞳が見開かれる。

「君は――」
「?」

 何かを言いかけて、青年は言葉をのみ込んだ。

「……いや、なんでもない。俺がここにいたことは、誰にも言わないでほしい」

 言うなと言われると言いたくなるものだが、それよりも何故このような庭園の端に近衛騎士が?と思ったスーリアは、そのまま疑問を口にした。

「ここで何を?」
「……昼寝をしていた」
「昼寝」
「昼寝だ」
「……サボりですか?」
「そうとも言うな」

 まるで当たり前のことのように、青年は悪びれた様子もなく言う。

「先ほど私に剣を向けたのは?」
「あれは……すまなかった。急に人の気配を感じたから、身体が勝手に動いたんだ」

 納得した。
 確かに騎士たるもの、寝込みを襲われることもあるだろう。睡眠中の無防備な状態で襲われた際に、咄嗟に動けるように訓練されていてもおかしくはない。

 誰にも言うなというのは、ここでサボっていたことを秘密にしろという意味だろうか。
 誰かに告げ口したところでスーリアに利があるわけではないし、そこは彼の願いを聞いてあげることにした。

「なるほど、分かりました。私が急に近づいたのも悪かったですし、騎士さまがここで気持ちよくお昼寝をしていたことは、秘密にしておきます」
「騎士さま……」
「……?」

 嫌みを込めた言葉を口にしたつもりだったが、青年は別のところが気になったようだ。
 眉根を寄せて、訝し気な様子でスーリアを見ている。

「何か?」
「……いや、分からないならそれでいい」

 歯切れの悪い返事に、腑に落ちないものを感じる。
 近衛騎士といえば元の身分もそれなりに高いだろう。『騎士さま』という言い方が気に入らなかったのだろうか。
 確かに今のスーリアは平民に扮しているし、そう易々と声をかけていい存在ではないのかもしれない。しかし、この邂逅は事故のようなものであるし、それは大目に見てほしいところだ。

 灰色の視線を受け流したスーリアは、そこで本来の目的を思い出す。

「そうだ、おべん……と、う!?」

 ああーっ!!と、続けて叫びそうになった口を、またしても青年の手が塞いだ。

「大声を出すな。人が来る」
「んんんん~~~!」
「どうし――」

 地面に向けられたスーリアの視線の先を青年が辿る。
 そこにあったのはスーリアのバッグから零れ落ちた、地面に散乱する無残な昼食の成れの果てだった。きっと先ほどバッグを落とした拍子に、中身が飛び出してしまったのだろう。これはさすがに食べられるような状態ではない。

 がっくりと肩を落としたスーリアに、青年は手を離すと申し訳なさそうに言った。

「その、すまん……」

 散々な昼下がりである。
 作業に夢中ですぐに休憩に入らなかったため、時刻はすでに正午をだいぶ過ぎており、従業員の食堂も閉まっているだろう。
 仕事に没頭していれば空腹は忘れられるのだが、思い出してしまった今のスーリアには、昼食を抜くというのはつらい選択だった。

「せっかく作ったお弁当がぁあ……」

 弁当は毎朝手作りしている。
 伯爵令嬢でありながら、スーリアは料理も好きだった。自宅の屋敷にある花壇で野菜を育て、自分で収穫したものを調理するのも趣味のひとつなのだ。

 スーリアは地面に座り込むと、大切に育て一生懸命調理した無残な弁当の中身を、残念そうに手で拾い箱に戻す。

 それを見ていた青年が目の前にしゃがみ込み、拾うのを手伝ってくれた。

「そこまでしていただかなくとも……」
「これは俺のせいだ。すまなかった」

 素直に謝るその態度には好感が持てる。これが元婚約者のヒューゴであったら、落としたおまえが悪いと言ってなじってくるだろうな、と想像してしまった。

 そうしてある程度片付け、鳴り続ける腹の虫をどうするかと考えたところで、あることを思い出す。

「そうだ、温室!」
「温室?」

 このアレストリアの王城には、敷地内の裏手側に温室がある。
 そこにはさまざまな花や果樹が育っており、中には季節外れのものまであるのだ。
 それを思い出し、いくつか果実を拝借しようと考えたスーリアは、温室へと歩き出した。
 その後ろを、なぜか騎士の青年もついてくる。

「お昼寝を再開されては?」
「もう十分だ」
「そうですか……、どうしてついてくるんです?」
「俺のせいだし、放っておけん」

 なんというか、律義な性格である。
 スーリアは後ろを歩く彼に気付かれないように、小さく笑った。

「見たところ君は庭師のようだが、なぜ女性がその職業を?」

 歩きながら青年が尋ねる。
 スーリアの服装から推測したのだろう。確かにこの国では、庭師と言えば通常は男性の職業である。生花専門のガーデナーなどは女性も多いのだが。

「好きなんです。木に触れるのが」
「なるほど」
「納得したんですか?」
「好きなことをするのが一番だろう。俺も好きで騎士をしている」

 青年は自分も同じだと言い、共感してくれた。
 距離を詰め、隣に並んだ青年を見る。

「私たち、気が合いそうですね?」
「そうだな」

 冗談まじりに言ったスーリアの言葉に、彼はその整った顔にきれいな微笑みを浮かべて頷いた。
 その眩しい顔を見てしまったスーリアの心臓が、一瞬跳ねる。

「っ……」

 どきり、と震えた鼓動に気付かないふりをして、スーリアは温室へと急いだ。

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